『月刊 佐藤純子』(ちくま文庫版)はじめました!

  • 2017.03.16 Thursday
  • 23:05

 花粉、舞ってますねぇ。例年よりはましだけど。。目と鼻がもやもやして集中力が削がれます。うぅ。でも、これを越せば、すぐに春!夏が俟ちどおしい。

 

 さて、弊店にて小品展をひらいて頂いている青野さん。今月末から、あらたにグループ展へ参加なさるそうです。

 ただ、メイン会場は青森県立美術館らしく、今回ご紹介するのは、あくまで東京で開かれるサテライト企画の方です。ご興味のある方はお間違いなく!もちろん、本会場へもぜひ訪ねて頂きたいのはいうまでもありません。

 くわしくは把握していませんが、どうやらアニメーション作家の水尻自子さんとコラボなさるみたい。!?ぜんぜん想像つきません。どうなるのかしら。。

 しかも、参加リストには、仙台ゆかりの宮崎夏次系(まんが家)さんのお名前も!おぉ。こちらは柴田聡子(ミュージシャン)さんとコラボって、、こっちもよくわかりません。う〜む。

 

 ラブラブショー2

  会場:青森県立美術館

  会期:2017.4.28-7.2

  料金:一般¥1300〜

  

  東京飛地展示

   会場:カマタ ソーコ(東京都大田区荻中3丁目22−7)

   会期:2017.3.30-4.30

   料金:無料

 

 閑話休題。

 

 いっぽう市内では、知人のイラストレーターが個展をひらきます。それにあわせて、、というわけでもないのですが、近ごろ出版された、当人の著作を弊店でも取り扱います!

 

 

 『月刊 佐藤純子』佐藤ジュンコ 著、筑摩書房、2016、¥950

 

 いまだと、フリーペーパーの『月刊 佐藤純子』発売記念号、そして文庫化記念限定しおりもおつけしております〜。おとく!

 

 

 著者が、2009年から配り歩いてきたフリーペーパーをまとめたものです。失敗談やら仙台の一断面やら、身辺雑記がまんがに綴られています。振り返ってみると、けっこうなボリュームです。ちなみに、弊店もちょっとだけ出てきます。なつかしいな。

 

 話は前後しますが、著者の個展中にはイベントがいくつか目論まれており、うち一つにはぼくも登壇する予定です。著者の作業風景を肴に、根ほり葉ほり聞き出します。っていうか、某NHKの「漫勉」スタイルをやってみたいってだけですけど!タナランさんには、撮影やら機材などお手間おかけします。。

 

 TURNAROUND企画展覧会 佐藤ジュンコ(38)

  会期:2017.4.4-4.16(月曜定休)

  会場:Gallery TURNAROUND

  備考:4.4.19:00- オープニング新年度会(¥1000)/4.11.19:00- アーティストトーク(ゲスト 高熊洋平)/4.15.19:00-本を肴に酒を楽しむ会(マスター 小川直人)

 

 ジュンコさんのまんがは、一般的にはいわゆるコミックエッセイに分類されそうです。このジャンルは、西原理恵子(『毎日かあさん』)や細川貂々(『ツレがうつになりまして。』)いらい、めっきり立派な市場に育ちました。先達には無論、1980〜90年代のいしかわじゅん(『フロムK』)やとりみき(『愛のさかあがり』)、あるいは岡崎京子など存外多くの作家を数えることができます。それでもやはり、輪郭が自明になったのは2000年代に入って、先述した西原たちからではないでしょうか。というのも、爾来、様式や流通のあり方が膠着したように見受けられるからです。表情に乏しい点のみの目。家族や病気などのワンテーマ主義。まんが誌以外の、ターゲットを絞った連載等々。

 かたや『月刊 佐藤純子』はというと、点目は踏襲されているものの、無責任なフリーペーパーが出自のゆえか、テーマは拡散し、ひとつには収まりきりません。流通だって行き当たりばったりです。けれど、気まぐれに描き、配りあるくそのプロセスにこそ、商業作品では不可能な本書の魅力が由来する、そんな気がしてなりません。

 そこでは、内容はもとより、生産と流通の形式(リズム)までもが、ふだんの何気ない暮らしぶりと同期しています。日常がまんがに綴られる一方、まんが自体もまた日常へ溶けこんでいるのです。両者は見境なく折り重なり、今ここが多重化します。まんがは、彼方に夢想される異世界なのではなく、目の前の、まさにこの世界が同時にまんがでもありうるのです。

 例えば、三本しか指の描かれないキャラたち。彼らを思うともなし、ジュンコさんの手もとを覗くと、見たこともない指使いでペンを握っていて、驚いたことがあります。まんがにつられて日常を顧みたら、うっかり踏み外してさらに傍らの別世界へ不時着してしまったかのようでした。ともあれ、その筆遣いを眺めるうち、これと比べたら案外三本だけでもこと欠かないのかもしれない、そう思いはじめている自分に気がつきました。まんがは、日常の秩序をこともなげに再配置して人をそこで遊ばせます(ケンダル・ウォルトンの「ごっこ(遊び)理論」を参照。『フィクションとは何か』等)。

 まんがが手渡されるたび、世界は多重化し、日常一辺倒のままではいられなくなります。輻輳する世界によって、著者も読者もあらぬ方へ逸脱を余儀なくされるのです。今回の文庫化もその賜物だったりするのかもしれません。

 すると、本書の身上は、ネタ(内容)そのものではなく、かえってその外部、つまり、日常とまんがが節操なく混じり合う現実のプロセスにこそ懸かっている、やはりそう考えられそうです。だから、話数を仕切りなおすたび自己紹介を繰り返し、しきりと語りかける話法が採用されるのでしょう。外部が尊重されているのです。この性向は点目の機能にまで及んでいます。余計な感情移入を防ぎ、読者をまんがの外に留めおくのです。

 ちなみに、一般的なコミックエッセイの場合も、内面の回避がおそらく点目の理由です。ネタ(ワンテーマ)の効率的な伝達にとって、複雑な心境は障碍でしかありませんから。ただしこんどは逆に、読者はネタへ、つまり作品内の消費へ促されます。ネタ(ワンテーマ)を軸に編まれた構成や媒体が、そう仕向けるのでしょう(点目そのものはニュートラルな記号だが、おかれる環境や文脈に応じて役割を変えうる。いわばヤコブソンいうところの「シフター(転換詞)」だ)。

第4回 青野文昭小品展 第5期

  • 2017.02.20 Monday
  • 19:24

 先週、展示替えしましたー。

 昨年9月を皮切りに、5回にわたって継続して参りましたが、おかげさまでこれが締めくくり。欠かさずご覧下さった方も、未見という方も、ぜひこの機会をお見逃しなく!

 3月いっぱいやってます。

 

 

 前回同様、2014年に韓国で滞在制作された作品たちです。とあるモーテルの備品がはぎ取られ、例によって「直さ」れています。

 今回は、ほぼすべての素材が壁紙なので、展示壁に相当同化しちゃってます。というよりむしろ、後者へ作品をあてがっているようにも見てとれて、さながら展示空間じたいを直しつつあるかのよう。。なんて妄想が過ぎるかしら。

 

 

 青野文昭さんの公式ホームページはこちら

 

 ところで、縁あって最近、ある読書会へ参加することになり、うん十年ぶりに『吾輩は猫である』をひもときました。じつは、通読するのはこれが初めて。お恥ずかしながら、話数ごと順不同でしか接したことがなかったのです。

 結果、、すこぶるおもしろくって、蒙が啓かれまくりでした。

 例えば冒頭、猫が池をかすめて苦沙弥宅へ転がりこめば、仕舞いには甕へ転落して水死してしまいます。もとより水は、『草枕』のオフィーリアを引くまでもなく、漱石にとって死を仄めかすモチーフです(逆に温水は生/性の奔出にかかわる。『猫』なら銭湯の大男=ニーチェの超人とか。この点たしか芳川泰久さんが詳細に論じてたはず)。

 つまり、猫は当初から一貫して冥界に臨む存在だったのです。作中、誰とも交流を全うできないまま孤独に幕を閉じるのもむべなるかな(人はいわずもがな、種を同じくするクロは中途退場、三毛子は知らぬ間に亡くなる)。

 そもそも、漱石じしんのカリカチュアたる苦沙弥に対して、猫はツッコミ役のメタ意識(超越論的な自己)を託されています。苦沙弥たちの生きる世界に、居場所なんて見出だせるわけありません。

 これは、漱石の養子経験が強く反映してる気がします(2回も養子に出されたうえ、籍を先方へ据え置いたまま再び夏目家へ引き戻された過去がある)。家なり社会のどこにも腰を落ち着けられず、居心地わるさを拭えない(仙台弁でいう「いづい」!)。それでもなお、事態をユーモラスに語り直しては引き受けてみせること。そうして初めて、この世界の傍らに、かりそめであれ「私」の居場所を切りひらくことができる(漱石にとって『猫』なる写生文は、たぶんそういう切実さと裏腹なんだと思う。マゾッホ的ユーモアにも通じる)。

 養子小説(?)としての『猫』。かって細切れに拾い読みしていた折には、完全に見落としていました。

 

 次回は、伊藤整の『近代日本人の発想の諸形式』を読む予定。またあたらしい発見があるとよいなぁ。

第4回 青野文昭小品展 第4期+2016.1.23 追記

  • 2017.01.19 Thursday
  • 18:59

 この月曜に展示替えいたしましたー。

 今回からは、韓国の済州島で滞在制作された作品です。

 時期は沖縄と同じ2014年のこと。アラリオ・ギャラリーの要請に応じて、廃業したモーテルを会場に、現場の壁紙などを素材に仕立てられ、その場で展示されました。

 

2016.1.23 追記

 その後、青野さんからご教示頂いたところ、済州島での展示は、今なお継続中なのだそうです。最終の期日は未定のようです。

 てっきり、会期は過ぎてしまったものと勘違いしており、不正確な記述をしてしまいました。申し訳ないやらお恥ずかしいやら。。

 大変失礼いたしました!

 公式ホームページARARIO MUSEUM内のDONGMUN MOTELの案内ページで紹介されてます。

 

 ちなみに、青野さんご自身のホームページでも、詳しく紹介なさっています。あわせてぜひ〜。

  * 済州島プロジェクト 2014

  * 沖縄滞在制作 2014

 

 

 図らずも、壁紙オン壁紙になりました。

 組成が、壁紙を接木しては延長する作品ゆえか、それをさらに壁面へ重ねると、展示壁じたいが作品の延長に見えてきます。

 なんだか、ロバート・ライマンみたい。

 

 

 

 これも、元来が壁に取り付けられているものだからか、鑑賞と同時に、違和感なくインストラクション(指示)への態勢が惹起されます。おまけに、例によって修復部があえて拙く仕上げられており、いかにも紛いものっぽい。「矢印の先に非常口なんて本当にあんの?」そんな疑念まで誘発されたり。

 こういう、インストラクションを発揮する(観者の身体なり空間を巻き込む)作品って初めてじゃないかしら。。従来だと、矢印があっても、それを繰り返し増殖させて、意味不明な記号へ還元したり、作品の内側で決着をつけてた気がします。

 

 ちなみに、今回のとは別に蛍光管を実装するタイプも作られたのだそう。点灯してるところ見てみたかったな。

 

 

 次回は、たぶん2月中旬ぐらい?に最後の展示替えを予定しています。

 

 そうそう、『美術手帖』の最新号(2017年2月号)に、青野さんも取材されてます!

 特集は「アウト・サイダーアート」。アウトサイダーデビューです。

 ことばの意味を広くとって、批評家の福住廉さんが取り上げて下さっているそうです。

 (じつは、都合がつかずまだ誌面を確認できてません。トホホー!)

2017年、あけました。

  • 2017.01.01 Sunday
  • 13:10

 今年の幕開けは穏やか。なかなかよいお天気です。といっても、寒さは一向に緩みませんが。。

 ともあれ、本年もどうかご愛顧よろしくお願い申し上げます〜。

 

 

 なお、先にお伝えしていたとおり、本日元日と明日1/2は通常営業。明後日1/3(火)は定休です。4日からは、もちろん通常どおり開きます。

 年末に、けっこうな量を入荷いたしました。親の敵のごとくガシガシ品出ししてます。ぜひ覗いてみて下さーい。

 青野文昭さんの小品展も継続中ですよ!

第4回 青野文昭小品展 第3期 + 2016.12.18追記

  • 2016.12.05 Monday
  • 21:43

2016.12.18追記

 年末年始の営業につき、お知らせです。

 例年どおり、火曜定休以外、通常営業いたします。大晦日と元日も開きますよー。

 (※ 火曜日は12/27と1/3です)

 よかったら、どうぞ遊びにいらして下さいね〜。青野さんの小品展もご覧頂けますし!

 

***

 

 展示替え、予定から一ヶ月も遅れてしまいました。。

 ごめんなさい!!

 埋め合わせというわけでもありませんが、、遅れた一月分、会期を延長します。来年2月まで開催することに致しました。

 あらためてどうかご周知よろしくです!

 

 

 引きつづき、軽トラをモチーフに充てたエスキスです。ただし今回は、つい最近手がけられたものばかり。ホヤホヤです。

 どうやら青野さん、過去のエスキスを引っ張りだしてるうちに、あらためて構想を練り直してみたくなったみたいです。

 というのも、2年前のくだんの作品は、展覧会の終了にあわせて解体され、もう存在していないものですから。

 それでも、作品の端緒にあたる軽トラの断片だけは、引き取って今も手許にあるらしく、いつかまた、別の形で再生させるべく保管なさっているのだそう。なんだか、破壊と復活を繰り返す、火の鳥みたいでおもしろい。

 

 

 いつもだと、かけら、つまり部分を編み上げる果てに全体を浮かび上がらせることが多い青野さん。でも今回は、逆に周辺や背景、支持体を焚きつけ、結果かけらを精錬させるような手順が目立ちます。

 ご本人曰く「囲ってみた」のだそう。従来にない手管ゆえ、今後どう転がってゆくのか。愉しみなシリーズがひとつ増えました。

 

 他方、市内別会場でも青野さんの個展があります。あわせてどうぞ〜。

 

 青野文昭展」

  会場:SARP 仙台アーティストランプレイス(仙台市青葉区錦町1-12-7)

  会期:2016.12.6-12.11

  時間:13:00 - 19:00(最終日 -17:00)

 

 ところで、前々からお伝えしていた劇場アニメ「この世界の片隅に」(片渕須直 監督、こうの史代 原作、2016)、初日に見て参りました。

 完成度がハンパなかったです。作画や音響、その他細かい演出の数々、どれもこれもとんでもないクオリティでした。が、、原作に撃たれた経験のある身にとっては、一抹の物足りなさも。。

 

 

 主人公のすずは一貫して、お絵描きを通して、現実と向き合い、そして人との関係さえも築いてゆく存在です。つまり、彼女にとって、生きるというリアルな問いは、いかにフィクションを紡ぎうるか、あるいは編み直せるか、そう想像力が試されるかたちで立ち現れます。原作では、そのダイナミズムが線の大胆な描き分けによって(最終的には色彩と線のコントラストをも巻き込んで)力強く構成されていました。

 ところが、アニメではこの軌道がめっきりぼかされており、何だかはぐらかされてしまった印象です。。何しろ「マイマイ新子と千年の魔法」(2009)を撮った監督です。そこでは、リアルとフィクション(精確にはフィクションの複数のレイヤー)の関係を、少女ふたりが各々固有の成長を遂げる、重層的なプロットへ巧みに組み上げ、見事に着地させていました。だから今回も、、なんて勝手に期待していたのでした。

 

 

 とまれ、「この世界の片隅に」についてはいつかちゃんとまとめようと思います。

第4回 青野文昭小品展 第2期

  • 2016.10.19 Wednesday
  • 21:47

 先週、展示替えして頂きました〜(前期の展示はこちら)。

 例によって、2014年に沖縄で滞在制作された、ゆかりの品々です。

 

 

 今期は、作品そのものはなく、エスキースを中心に記録写真も交え、ドキュメンタリー仕立てになりました。

 拾い集められた素材が、どのように作品へ練り上げられたのか、その軌跡が辿れます。

 

 

 

 

 いくつかのエスキースを跨いで、軽トラの位置に変遷が窺えます。

 結果、完成した姿がこちら(※ 今展では写真のみ)。

 

 

 なお、素材が拾われた現場はこんなようす。

 いつからなのか捨ておかれた軽トラに蔦や塵芥がまとわりついて、吹きだまりがひっそり息づいています。

 青野さんに伺ったところ、この場じたいに魅了されたのだそうです。どこか「御嶽」みたいだったとも仰っていました。

 

 滞在制作では、まるで当の磁場を移築するかのように、株分けされたトラックが、段ボールを巻き込み、結界めいた障壁を立ち上げています。

 場がモチーフというのは、青野さんにとってはかなり珍しい、、というかほぼ初めてではないかしら。いつもなら物体が主体ですから。

 

 

 ところで、エスキースは、必ずしも常に描いているわけでないとのこと。言葉による走り書きに、時おり添えるくらいが通例らしいです。たぶん、そもそもの制作原理が、つどに応じて取り繕うように手口を積み上げてゆくブリコラージュだから、図面を事前に用意したところで、詮ないのでしょう。

 しかし、今回のように、規模が大きく、かつ落とし込むべき空間が予め決まっている場合、エスキースは避けられないように思われます。今後、青写真的なるもの(ざっくりしたエスキースと、寸法を採る設計図とでは分けて考えるべきでしょうが、あえて曖昧なままひとまとめにしておきます)とブリコラージュ的な手並みの関係性が、ひとつ大きな問題をなしそうです。原理上は、相容れないでしょうから。

 

  上掲エスキース、写真ともにすべて2014年

 

 話はまるきり変わりますが、念願かなって昨日ようやく、風の沢ミュージアムへ行って参りました(青野さんに多謝!)。

 岡崎乾二郎さんの作品はもとより、敷地の風情じたいがおもしろく、ずいぶんと長居してしまいました。いいところだったなぁ。それにネコ、めんこかったし。。

 そういえば、うわさに聞いてたかぼちゃ、実が悉くなくなってました!もう収穫された後だったのかしら。

 

 なお、岡崎さんの展覧会は、会期があとわずか、10月23日(日)までです。22日にはワークショップもあります。

 

 おかざき乾じろ「POST/umum=oct/opus」展

  会場:風の沢ミュージアム(宮城県栗原市一迫片子沢外の沢11)

  会期:2016.4.24(日)〜10.23(日)
  時間:11:00〜17:00(10月は16:00閉館)
  休館:水、木曜(祝日は開館)
  料金:一般¥700/未成年者無料(20名より団体割引¥600)
  駐車場:約20台
 

 

2016.10.31追記

 さる29日(土)の青野文昭さんのトークイベント、おかげさまで無事に開催できました。

 ご来場下さった方々、ありがとうございました。そして、青野さんご本人に多謝!遅くまでお疲れさまでしたー。

 例によって拙い進行で面目なかったですが。。

 とはいえ、青野さんの思考プロセスがいくつか明らかになった気がします。今後の参考になればな、とかすかに期待。。

 いっぽう展示じたいは、まだまだ年明けまで続きます。次の展示替えは、11月中旬ぐらいかしら。委細が決まり次第、ご報告いたしますね。

 

『映画 聲の形』と『仙台写真月間 2016』について

  • 2016.10.02 Sunday
  • 23:24

 10月に入り、ようやく秋らしく落ち着きました。9月は梅雨みたいでしたからね。この時期あんなにじっとり蒸したのは初めて。亜熱帯化してるのかしら。

 移住してきて以来、街並も随分変わったけれど、気象も例外ではないのだなぁ。。

 

 「仙台写真月間2016」公式ホームページより転載

 

 「FLORA #06」

  会期:2016.9.20 - 9.25

  会場:SARP space A(宮城県仙台市青葉区錦町1-12-7門脇ビル1F)

 

 さて、会期はとうに過ぎてしまいましたが、今年も仙台写真月間が開かれてました。台風の影響で、全部は見られなかったものの、あれこれ面白かったです。

 とくに、小岩(勉)さん。方法上の禁欲を解いて、はっちゃけてました。すごくいい感じ。いつもなら、人が写っていても風景(の構造)を優先させる構図が定番です。ところが一転、バストショットの被写体が導入されるや、それを切り返すばかりか上下反転、はたまた唐突に後退させたり、さらには同じ場所ながら人気のない一枚をカラーに調整して幕切れを飾っていました(写真はすべて黒白で撮影、RAWデータで保存。つまりカラーは後づけ)。

 合間に風景や植物のカットを挟むとはいえ(いつもより逆光多め。なのに階調豊か)、ゴダールばりのジャンプカットです。小気味よいリズムもさることながら、目紛しく変転する被写体との距離感、これが描きだす空間の鮮やかさといったら!吃驚しました。リテラルな被写体は人なのだけれど、一連の写真を通して結像するのは特異な空間です。

 藤棚から落ちる影のもと、手前には背を向けた少女がボケて写りこみ、肩越しに広場が眩しく照っています。奥へ誘われるまなざしは次のリバースショットで不意に足もとをすくわれます。正面からピントを合わせた途端、天地がひっくり返るのです。咄嗟に認知しうるのは中央を占める表情ばかり(誰の顔かより、真っ先に表情が察知される。とりわけ、微笑みを押し殺すかのような口許は印象的だ。大頬骨筋と口角下制筋のせめぎ合い)。これを頼りに、立て直しを図りつつ次の写真へ。すると、同じ面持ちのまま少女は陽光さす広場へ退き直立しています。

 方向感覚を失調した挙げ句、表情(あくまで顔でなく)を媒介に写真たちが架橋されるせいか、撮影地が実際にどうあるかなんて現実感は失せてしまいます。代わって、広場じたいが表情を帯び、微笑みを押し殺しているかのような実在感を放ちだすのです。最後に現れるカラーは、人という起源をさし引いたのちもなお残る表情、その等価物と考えられます(若干オーバー気味にみえる微妙な色調は、せめぎあう二つの筋肉の震えそのものだ)。実体を消し去りながら、笑みだけを置き去りにするチェシャ猫のような。

 

 ところで、やっとアニメ『映画 聲の形』(山田尚子 監督、2016)を拝見できました。

 素晴らしい。。

 前作『たまこラブストーリー』2015)では、監督の作歴上ひとつ集大成を遂げてしまった感がありました(当時の感想)。爾来この一年、どう進展なさるのか勝手にやきもき過ごすはめに。。でも、杞憂は綺麗さっぱり吹っ切れました。やっぱり山田さんすごい。別格です。

 

 

 原作マンガ(『聲の形』全7巻、大今良時 著、講談社、2013 -14)では、学童期のいじめを端緒に、いくつものテーマやエピソードが輻輳し、全篇をとおして厚みある世界が構築されていました。それを、2時間強に収めるにあたり、随所に大胆な工夫が凝らされ、スマートでありながら、かえって深みを増す結果に仕上がっています。改変や圧縮、切断など加工の作法の逐一が原作への細やかな解釈を示唆し(まるで精神分析の技法みたいに)、原作の世界をより豊かに、かつ装い新たに開陳してくれます。

 

 いっとう感動させられたのは、植野(直花)が出しぬけに「ハカ」と誤った手話で毒づく、終盤のやりとりです。ヒロインの西宮(硝子)は、面食らいながらも笑って「バカ」とやはり手話で訂正してあげます。これは、原作にはないシーンで、不意をつかれてついほろっとしてしまいました。

 しいて近しい光景をあげれば、西宮の妹(結絃)に、植野がふざけてお子様ランチを勧める条り(第7巻)でしょうか。横から眺めていた西宮は笑いを堪えられず、いつになく感情を露にします。さりとて映画の方が、二人の交感をより踏み込んで描いているのは一目瞭然です。

 耳の聞こえない西宮は、かつていじめの被害者でした。主犯の一人が植野です。高校生になった今も、植野は西宮を疎み、「感情が伝わらない」と筆談を拒みすらします。

 そんな彼女が仇敵の言語をまねてみせます。内容は例によって憎まれ口ですが。そして、さらに驚嘆すべきは、西宮の多義的な応酬です。リテラルには手話の指南に過ぎない身振りに、「もう、バカだなぁ」という親しみを込めた含みが託されるのです。全篇を通し、西宮が軽口を叩くのはこれきりです。彼女にとって言葉は終始、質問や謝罪など実際の用途に限られていました。

 植野が、相手の言語を自分の流儀に転用するや、鏡面反射するかのように、西宮は相手の身振りをなぞって、自分の言語を他者のように扱います。植野に誘い込まれる形で、西宮は初めて自己を相対化し、言葉で遊べるようになるのです。

 作中ずっと西宮は、みなのお荷物だとおのれを苛み、挙げ句自殺を図るほど自縄自縛に陥ります。耳が聞こえず、意思疎通の不如意な自分をどうしても認められません。そんな彼女にとって、くだんのシーンは福音だったのではないかしら。ままならない伝達は、絶望を強いる以上に、相手との交感を促してもくれるのです。障害の価値は反転します。

 ところで、映画はもとより原作においても、植野こそが、西宮をその自責の念から解放しうるキーパーソンのはずでした。誰よりも西宮を見透かしていたのは彼女を措いていません。いじめた罪を人一倍悔いる、主人公の石田(将也)でさえ、洞察は叶わなかったのです。ところが、その可能性を原作はみすみす流産しています。植野と西宮は平行線を余儀なくされ、不完全燃焼のまま幕を閉じます。無論、本筋は石田視点の成長物語です。ゆえに、あえて省くのも一見識であるには違いありません。少女らの絡みは、あくまで傍流の挿話に過ぎないと。

 しかし、映画における改変は、まさに、原作に潜むこのありえたかもしれない行く末に光を当てています。劇中の西宮ばかりか植野という存在(作品世界における意味)をも救済するのです。監督と脚本家(吉田玲子)の面目躍如です。『けいおん!』(2009)以来のこのタッグ、本当に凄いなぁ。。

 ちなみに、絵の方は、合わせ鏡のようなやりとりに倣ってか、対面を模して、正面ピンの主観ショットが交互に切り返されます。しかも、絞りを開放して輪郭を浮き立たせ、彼女らだけの特別な関係を仄めかしていました。周りに屯する友人をみなフレームから締め出し、背後を無人にする果敢な周到さにも感心しきり。

 

 語りだすと切りがないので、以下思いつくままに。。

 

 落下と浸水(川、池、雨、涙)は、作中繰り返し登場するモチーフです。前者は、自ら超えでるにせよ、撥ねられるにせよ、社会からの逸脱を象徴します。世間の水平的なコミュニケーションに対する、個における垂直の超越性。あるいは後者なら、水を膜とした媒介性を演出します。これらが、他のモチーフやカットと様々に重ね、組み換えられ、画面を味わい深く彩ります。

 

 例えば冒頭、少年たちは川への飛び込みに夢中です。非日常のエクスタシー目がけて、日常からの脱出が企てられているわけです。落下と浸水は、未だ他愛ない遊戯でしかありません。ところが、次第にきな臭い気配を纏い始めます。

 

 いじめられているにも拘らず、西宮は自分こそ迷惑な存在だと自責の念を抱えています。そこで「ごめんなさい」と石田に向って筆談すると、かえって不興を買い、ノートを池へ放られてしまいます。それを拾いに西宮が黙って入水するや、にわかにカットが飛び、同じ池で尻餅をつく石田がずぶ濡れになっています。当惑の避け難いモンタージュです。程なく、いじめを糾弾された成れの果てだと判明はしますが。とまれ、落下はクラスからあぶれた結果であり、浸水は孤立の証へと一変しています。

 かたや時間の圧縮は、否応なく二人をうち重ね、彼らの符合を強く印象づけます。双方、加害者と被害者の自覚を合わせもち、父を欠く家庭で育つなど。おまけに愛称までともに「ショーちゃん」です。

 

 つまり、落下と浸水は、孤立ばかりかスティグマの共有による連帯の可能性すら匂わせるのです。就中、水浸しになる経験は、体感を通して言葉を越える交感へ彼らを導きます。本作において、深い関わりが生まれるのは、決まって川へ身投げするか、雨に降られてずぶ濡れになるシーンばかりです。

 結絃と傘越しに対話する、石田の主観ショットは秀逸でした。画面上半分を傘が塞ぎ、微動するたび、合わせづらい互いの視線が暗示されます。わずかに覗く結絃の足もとが、面をあげられない心情を痛切に訴えます。そして、傘の傾ぎ具合は、雨に打たれる二人を思い起こさせ、芯から冷えるような感覚を生みだしていました。

 

 そういえば、一人称のナラティブゆえか、いつにも増して主観ショットに力が注がれています。人間不信の石田は、いつも伏し目がちです。必然的に足もとを俯瞰するカットが増えます。もとより、脚の演技には定評のある監督ですが、今回は新たに、床に反射する上半身も含めて演出をつけていました。

 あと、逆光の相手を仰ぎ見るショット。姿を見定め難い眩しさに、意思疎通のもどかしさが重ねられます。フレアやゴースト、それにアイレベルの低さも相俟って、子どもの目線らしい瑞々しさが漲っていました。手話の通じない石田相手に「友だちになって」と胸元で手を結ぶ西宮。あるいは、やはり彼女が、たった一度きり取っ組み合うシーン。ともに、炸裂する光に抗うかのようなシルエットが悲痛でした。

 

 ほかにも、レンズの歪曲や色の収差による演出がますます洗練されてたり(『響け!ユーフォニアム』(2015)以来顕著な傾向)。登下校時の上手と下手の逆張り。楽曲とノイズ、無音の配分など見所ありすぎです。

 そうそう、画面の端っこでちょこまかする姪っこのマリアと、それを気遣う将也とか。あちらこちら細やかな配慮が行き届いていて、つくづく痛み入ってしまいます。

 

 とりあえず、この辺で。。もう一回ぐらい見に行けたらなぁ。

 

2016.10.8 追記

 「大ヒット御礼舞台挨拶」の告知が!10/22(土)MOVIX利府仙台に、それぞれ10:30、12:05の回上映終了後。

 監督が仙台にもいらっしゃるのに、、残念!!仕事で伺えません。とほほー!

 

 あ、『君の名は』(新海誠 監督、2016)も見てきたのでした。こちらもすごく楽しかったです。ただ、ちょっと心残りがあったとすれば、風習の設定や組紐の伏線など、後づけっぽい薄っぺらさでしょうか(あと、頻出してた、開け閉めされる襖のローアップ、あれも何なんだろう?)。本来ならそれも含めて、セカイ系たる新海さんの持ち味のはずですが、今回は村という社会や実質的な恋愛、つまりリアルっぽい現実が描かれているせいか、悪目立ちしてた気がしてなりません。。

 

 

 ぐっときたのは、ヒロインの三葉が東京へ出向いて、主人公の瀧と電車で出会う矢先にすれ違ってしまうシーン。時間差という趣向がとびきり効いていました。三葉の失意と瀧にとっての予兆が、否応ない時間の流れ(電車の直進)のもと束の間おなじ空間(車両)において交差します。

 

 今年は劇場アニメの当たり年。あともう1本大物が控えています。『この世界の片隅に』(片渕須直 監督、こうの史代 原作)です。11月12日公開予定らしく、今からそわそわ落ち着けません。

 たのしみ。。

 

第4回 青野文昭小品展 第1期 + 2016.9.16画像2枚追加 + 2016.9.21追記

  • 2016.09.10 Saturday
  • 20:30

 予告どおり、久しぶりの展示企画です!

 第4回 青野文昭小品展 第1期

  会期:2016.9.10 - 2017.1.30(およそ1ヶ月ごとに展示替え予定)

  会場:書本&cafe magellan(マゼラン)

  料金:無料

  備考:2016.10.29.sat 19:30 - 作家トークあり(聞き役 高熊)。無料。

 

 

 沖縄コンテンポラリーアートセンター(OCAC)の招きに応じて、2014年に滞在制作なさったものを公開して頂きます。もう2年も経ちますが、本州では初お披露目です。当時は、企画の成果として「隣り合わせの時間」展にて発表されました。

 

 

 例によって、うち捨てられ、朽ち欠けたものたちが寄せ集められ、そのありえたかもしれないかたちが、あれこれ接木されつつ紡がれています。

 もとが大量消費材ゆえ、現地ならではの固有性は希薄です。それでも、痕跡から察するに台湾から漂着したと思しき欠片も散見されます。

 ともあれ、そもそも社会からはぐれ、さすらっていた代物が、さらに当地から引き剥がされ、挙げ句ここ仙台は春日町に打ち上げられました。もとよりそれは、漂流どころか偶然ですらなく、アートワールドの網に捕われたからにほかなりません。けれど、波頭とギャラリー、それから南島と北国など、複数のコンテクストを渡り歩くその過程ばかりには、どこにも所属のしようがなく、自由へ漂い出す可能性が開けていたに違いありません。

 そして、本展もまた漂流を促す波止場たりえたらとささやかながら願っています。

 

 

 弊店での、過去の展示記録と展評です。よかったらご参考までにどうぞ〜。

 * 第1 - 4回 青野文昭小品展

 * 「もののみる夢」

 * 「可能なもののもとへの滞留」

 

「沖縄各地で拾った欠片の復元」2014

 

 

 ※ 2016.9.16 上2枚追加

 

「沖縄県南城市で拾った車のサイドミラーの復元」2014

 

 ちなみに、、なんと同じ会期中に、青野さんの展示を市内もう2箇所でもご覧頂けます!

 ギャラリーターンアラウンドと東北大学です。前者はすでに開催中。後者は、委細が未公表のようなので、追ってお知らせできたらと思います。(下記 2016.9.21追記をご覧下さい)あわせてぜひ〜。

 

 企画展 青野文昭個展 Aono Fumiaki Exhibition

  会期:2016.9.7 - 9.18(月曜休廊)

  時間:11:00 - 20:00(日曜 - 18:00)、最終日 - 17:00

  会場:ギャラリーターンアラウンド(仙台市青葉区大手町6-22 久光ビル1F)

  料金:無料

  備考:作家トークあり(9/10、9/17)

 

2016.9.21追記

 東北大学の委細が告知されたので、こちらでもご案内いたします〜。

 

 東北大学考古資料展示「先史のかたち ― 連鎖する土器群めぐり」

  会期:2016.9.22 - 10.14

  会場:東北大学トンチクギャラリー(青葉山キャンパス 工学部人間・環境系教育研究棟 1階)※ アクセス:JR仙台駅から仙台市営地下鉄東西線「仙台駅」乗車、「青葉山駅」下車、南1出口より徒歩3分

  時間:10:00 - 17:00

  料金:無料

  主催:東北大学学際科学フロンティア研究所東北大学工学部建築・社会環境工学科東北大学大学院文学研究科

  お問いわせ先:東北大学学際科学フロンティア研究所(〒980-8578 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6-3)

         TEL: 022-795-5755、FAX: 022-795-5756、MAIL: office@fris.tohoku.ac.jp

 

 なお、タナランさんでの会期は、盛況のうち既に終了しております。あしからず。。

お盆も通常営業!

  • 2016.08.13 Saturday
  • 13:29

 陽ざしはジリジリ夏ですが、風のおかげかこのところ随分涼しく感じられます。

 お盆を越すと、いつもの仙台なら秋まっしぐら。ちょいと寂しくなる季節です。。

 

 とまれ、例年どおり、お盆期間も通常営業してますよ。土日は10:00 - 19:00、他日は - 20:00まで開いてます。ただし、火曜は定休ですので、ご注意を!

 よかったら、遊びにいらして下さいね〜。

 

 この期間には、ご近所のギャラリー、light sourceさんでも、小森はるかさんと瀬尾夏美さんによる展覧会が開かれているようです。ぼくも次の火曜に拝見する予定。よかったら合わせてどうぞ!

 

  遠い火 | 山の終戦 仙台展

   会期:2016.8.10.水- 8.17.水
   時間:11:00 – 19:00 ※最終日は - 15:00
   展示会場:light source
   住所:宮城県仙台市青葉区春日町5-27

 

 ついでながら、、弊店でも近々、久しぶりに青野文昭さんに作品を展示して頂く予定です。折よく、来月には市内他2ヶ所でも展示なさることになっています。こちらも乞うご期待!

 

 最後に、本日つばめどうさんからおかしが届きました!今回は、ぞうさんのココナッツビスケット(¥240)に、バニラのサブレ(¥230)、それからコーヒークッキー(¥260)。ご賞味あれ〜。

 

うっすら模様がえ

  • 2016.07.23 Saturday
  • 16:45

 この火曜は、素晴らしく夏めいてましたね。辛抱たまず散歩しまくり。汗ばむ陽気はもとより、光りの冴えのハンパなさったらもう!組まれた鉄骨や木立に夕陽が映えて、逆光に複雑な陰影が浮かびます。ともすると、反射光が不意をつく。つい見とれて、衝突しかかったり、後ろ向きのまま引き返したり。思い返せば、相当な不審者です。。でも、目を離せるわけがありません。影の延び方や、浮かぶ雲と空の抜け具合も、何もかもが完璧なコンディションだったのでした。

 例年食べそびれる氷菓も躊躇なく買い食いし、ほくほくの休日を過ごせました。

 あんな日がずっと続いてくれたらよいのになぁ。。(昨日きょうは海風のせいか肌寒い。。)

 

 閑話休題。

 

 本が床まで溢れ、とっ散らかり感が増してきたので、えいやっと模様がえも兼ねて片付けてみました。人さまからしたら代わり映えないかもしれませんが、ひとり気分一新、晴れ晴れした心地に浸っています。

 整理ついでに、価格も全体的に見直してみました。一度手にとられたことのある方も再チェックしてみて下さい!

 

 最近、平凡社のヴァールブルク学派コレクション(なつかしい)を入荷。ウィトカウアーやバクサンドールにうきうき。

 

 それから、、毎月第2・4土曜は、つばめどうさんの日。今朝もおかしを届けて頂きました。どうぞ、召し上がれ〜。

 

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