志賀理江子写真展 ブラインドデート 第4期 続

  • 2013.07.04 Thursday
  • 19:45
 もうちょっとだけ延長させて頂けることになりましたー。志賀さんのご厚意に感謝です。
 先月のまま、今月15日まで展示を継続します。これが本当に最後の機会。ぜひお見逃しなく!

 長期にわたり作品たちと過ごしていると、いつまでも一緒にいたくなってしまいます。それに、不思議と見え方も変わってきたり。
当初は、被写体が見つめる先、つまり彼岸へ意識が促されたものでした。ところが、見慣れてくるうち、むしろまなざしのたもと、眼を囲う顔のあり方に注意が向くようになってきました。
 女性が彼岸を望む一方で、男性は路上の現実を見据えています。すると、女性の顔は、中央を占めているにも拘らず、じつは画面内に居場所がありません。彼岸と此岸に引き裂かれ、いきおい浮遊しはじめます。
ところで、撮影者による「笑わないでレンズを見つめて」という指示。これは必ずしも顔から表情を差し引くばかりとは限りません。表情の欠落は、対面する他者(撮影者)との関係をも絶ち、その下に潜む傾向を露見させます。いわば、顔面そのものが微分化するのです。例えば、恋人の背に凭れる頬は、信頼感や親密さのみならず、倦怠や弛緩すら湛えています。
 顔は、寄る辺をなくし、宙づりになったまま、多様な傾向が拮抗する場として機能しているようです。



 日が落ちると、店内のあかりに照らされ、透けて浮かび上がります。画像だと伝わりづらいですが、とてもきれい。上は屋内、下は屋外から。


 これまで展示してきたもの、またそこから洩れたものすべてをお手にとってご覧頂けます。なかなかないですよ!

 ちなみに、志賀さんのお次は、青野文昭さんにお願いしています。今月中旬から12月まで。1ヶ月ごとに展示替えします。
乞うご期待!

 最後にいくつかご報告。。

 おかげさまで、今年も無事に本の月が経過いたしました。一箱古本市を始め、Book!Book!Sendaiの各種イベントにご来場下さったみなさまへ深くお礼申し上げます。
 また、タナランさんでの「つくってきたもの、よんできたもの」関係者の方々には格別の感謝を。とくに、会場主のタナランさんと、樋口さん、佐藤さん、色々お世話おかけしました。本当にありがとうございました!
 残すところ、最後のイベントが火星の庭さんで実施中です。「<タコシェと火星の庭の往復書架」。7/8(月)まで。ぜひ見届けて下さいねー。

 それから、今月からひっそり(?)『河北新報』さんの夕刊(仙台圏のみ)で「まちかどエッセー」なる欄を担当させて頂くことになりました。10月まで隔週ペースで7回続く予定です。皮切りが7/1(月)だったので、次は7/22(月)。よかったらご笑覧下さいね。
 以下、前回の分です。表記が初出と若干異なります。

* タイトル *


* 本文 *
 窓に溢れる光につい見とれてしまう。日ざしの強いこの時期は、ましてうっとりさせられる。作業をさっさと片付けたいのに、どうにも抗えない。開店前のいっとき、薄暗がりに佇むのが日課になっている。
 人が往き交い、向こうをクルマが走り抜ける。風か小鳥か、その仕業に梢がなびく。絶え間ないきらめきが視界を満たす。ふと、19世紀末、映画を初めて見た人たちに思いが至る。彼らを驚かせたのは、きっと内容ばかりではなかったに違いない。何しろ、変哲のない記録映像でしかなかったのだから。むしろ、イメージが生まれるその不思議さに目を奪われたのではなかったろうか。
 単なる光の溜まりから、くっきりイメージが結ばれる。それは、視界が切り開かれる経験であり、応ずる体勢の立て直しをも伴う。釘づけになる身体は、実は潜在的にめくるめく変容に曝されている。かえって、その兆しが充満するあまり、身動きが取れなくなるというべきか。光の虜になるのも無理からぬことのように思えてくる。
 ところで、光が、必ずしも視覚的なあらわれを導くとは限らない。例えば、植物なら最終的にデンプンを生みだす。光からエネルギーを抜き取り合成するのだ。光という問題に対する回答として、種ごとに多様なイメージがもたらされる。光合成においては、化学的な組成そのものがイメージなのだ。無論、随意に創作しうるものではない。光こそが、葉緑体や眼を養い、イメージを生成する培地をなす。生物になしうるのは、ただ光に浸り、ありうべきイメージを探り当てることに限られる。応答を誤れば潰えもする。光源に誘われ、焼身してしまう蛾が典型だ。
 何もこれは、進化の長い過程だけに留まる話ではない。光に触れるたび繰り返し問われうるはずだ。映画や絵画はいうに及ばず、窓からのありふれた眺めですら、新たなイメージの到来を待ち受けている。

志賀理江子写真展 ブラインドデート 第4期 続

  • 2013.06.12 Wednesday
  • 23:04
 いよいよ佳境に突入します!
 3月から4期に分けて展示替えをして参りましたが、ついに見納めです。
 未見の方はもとより、前期をご覧になった方もぜひ見届けて下さいね。
 展示から漏れたものも含め、ほぼ全作品を手にとってご覧頂けるようご用意しています。


 これまでとは若干異なり、位置に多少の変化が確認できます。


 「ブラインドデート」というタイトルは、走行中のカップルが目隠しをするという、志賀さんのヴィジョンに端を発しています(第1期 続の記事を参照)。当初はあくまで幻想に過ぎなかったのが、100組に取材を進めるうち、なんと実演してくれるカップルが!伺えば、彼ら1組だけだったといいます。




 無造作にうち重ねられるプリントたち。
 2009年にバンコクで滞在制作され、現地で発表したのち整理する間もなく引き取ってきたそうです。そのため、裏面にはテープが残っていたり、端々にすれや傷みが確認できます。この風合いに、志賀さんが美を見ているのはおそらく間違いありません。しかし、どうもそればかりでもないようです。
 彼女はよく「写真の振れ幅」について語ります。つまり、おなじ写真でありながら、他愛ないスナップが一転して遺影になったり、大多数には見向きもされないのに、当人にはかけがえがなかったりする、あの揺れ動きです。同様の振幅は、写真を扱う彼女じしんの手際にも見てとれます。展示に応じて一枚ごと労るように触れながら、あるときなど膨大に重ねたプリントを万力で締め上げたりもします。写真との距離感が、扱うたび即物的に露呈し、そのつど変化を見せるのです。
 そして、今回の傷み具合もまた、美的な趣味を超えて、写真のあり方そのものを問うているように思われてなりません。経年の劣化を、なんら否定的な契機ではなく、むしろ存在論的な条件として受け容れること。この姿勢は一貫しています。

★ &#3609;&#3633;&#3604;&#3610;&#3629;&#3604;/ブラインドデート 志賀理江子

 「これだけ多くのバイクに乗った人がいれば、きっとふざけて彼の目を手で隠して走り、死んだ恋人たちがいたかもしれない、と思ったが、そんな事実はなかった。
 バンコクですれ違った100組の恋人たち。彼らとともに5分間バイクを走らせる。ところが、視線を合わせたいのに、スピードを同期させることすらままならない。抜きつ抜かれつしながらも、いやだからこそ、まなざしは互いに相手を追いかけ、しがみつく。危うい必死の見つめあい。
 2009年に撮り溜められた写真を展示します。およそ1ヶ月ごとに差し替える予定です」。


 会期:2013.3.8.金-6.30.日
 時間:10:00-20:00(土日-19:00)
 火曜定休
 会場:書本&cafe magellan(マゼラン)


 最後に諸々の告知ですー。
 早いものでもう6月。本の月です。このブログが滞っているあいだにも、Book! Book! Sendaiのイベントが各種すでに実施されています。
 じつは、弊店も出品しているミニ古本市が、1日からTURNAROUND(ターンアラウンド)さんで始まりました。開場主のタナランさん、火星の庭さんとご一緒に棚を作らせて頂いています。期間は今月いっぱい。よかったらお散歩がてら覗いてみて下さいね!絵本をはじめ、アート関連の本がたくさんですよー。

 そして、6/19(水)からは、おなじ会場で展示の企画も控えています。これまた3店舗の共催です。
 各店が作家を2名推薦し、その蔵書とともに作品を展示して頂くという趣向です。いうまでもなく、蔵書と作品が一義的に結びつく謂れはないでしょう。けれども、無関係なんて尚更ありえません。両者のあわいに、きっと色んな想像がめぐるはずです。どんな組み合わせが見られるのか、ぼくも今から楽しみ。乞うご期待!
 弊店からは、樋口佳絵さんと佐藤純子さんにお願いしています。
 前者は、以前に弊店でも展示して頂いたことがあります(樋口佳絵小品展の記事を参照)。近年だと、書籍(久世光彦さんや天童荒太さんなど)の装幀にも作品を提供なさっており、見覚えのある方も多いかもしれません。テンペラと油絵を混合させて、おもにヴァルネラブルな子どもをモチーフに絵をお描きになっています。ちょうど今だと、岡山市にあるサテライトさんで個展を開催中です。
 また後者は、ゆるゆるの日常をまんがに綴り、5年にもわたり出会いがしらに押し配りを続けていらっしゃいます。一年前にはそれをまとめて書籍化、完売を達成。お手にとられた方もいらっしゃると思います。ほかにも、ミシマ社ウェブマガジンで連載をなさり、東京にある貝の小鳥さんで個展を予定されています。

 さてさて、どんな展示になるか、お楽しみに!委細はまた後日お知らせしますね。

志賀理江子写真展 ブラインドデート 第3期

  • 2013.05.10 Friday
  • 13:30
 先の定休日に作品を差し替えて頂きました。志賀さんにはほんとう、いつもお忙しいなか深謝です!



 大半が運転席を男性が占めるなか、今回は珍しく女性どうしの二人乗りが1点のみ確認できます。


 おなじカットがサイズを変えて再登場するのもまま見受けられます。



 本にまぎれる写真はもうお馴染みさん。


 水玉シャツのサテン地からムード歌謡が聞こえてくるようです。。これに限らず、全体にわたり、気取りのない身なりや居ずまいが、どこか日本の昭和を思わせます。

 さてさて、志賀さんの展示が始まってもう3ヶ月め。いよいよ来月がクライマックスです。まだの方、ぜひご覧下さいね!
展示そのものの紹介はこちら。シリーズ名「ブラインドデート」の説明はこちらをどうぞ。

志賀理江子写真展 ブラインドデート 第2期

  • 2013.04.11 Thursday
  • 17:22
  おととい、展示替えを致しましたー。志賀さんには、いつもお忙しいなか本当に感謝です。ありがとうございます!

 位置はそのままに、すべて差し替えられました。ただし、カラーの構成写真のみ据え置かれています。

 ハイライトなど、黒白のメリハリが効く写真が増え、雰囲気がめっきり変わりました。多くの方にご覧頂けたら嬉しいです。ぜひどうぞ!


 ★ &#3609;&#3633;&#3604;&#3610;&#3629;&#3604;/ブラインドデート 志賀理江子
  「これだけ多くのバイクに乗った人がいれば、きっとふざけて彼の目を手で隠して走り、死んだ恋人たちがいたかもしれない、と思ったが、そんな事実はなかった。
バンコクですれ違った100組の恋人たち。彼らとともに5分間バイクを走らせる。ところが、視線を合わせたいのに、スピードを同期させることすらままならない。抜きつ抜かれつしながらも、いやだからこそ、まなざしは互いに相手を追いかけ、しがみつく。危うい必死の見つめあい。
 2009年に撮り溜められた写真を展示します。およそ1ヶ月ごとに差し替える予定です」。
  会期:2013.3.8-6.30
  時間:10:00-20:00(土日-19:00)
  火曜定休
  会場:書本&cafe magellan(マゼラン)



 また、今回の展示と直接には関係ありませんが、来月はじめには志賀さんを交えたトークイベントが開かれます。会場はご近所のcafe haven't we metさんです。
 家具などプロダクトデザインを手がける、大阪のgrafさん。その代表をお務めになる服部滋樹さんのお相手として参加なさるご予定です。志賀さんは高校の時分からgrafさんに出入りなさり、とても長いおつきあいなのだそう。展覧会も過去3回、同所で開催しています。じつは、そこで赤々舎の姫野さんとも知り合い、やがて『CANARY』の出版へ繋がったのでした。

 ★ トーク「ようこそ ようこそ」
  日程:2013.5.3
  時間:
   第1部 13:00-15:00(服部滋樹)
   第2部 16:00-17:30(服部滋樹 × 志賀理江子)
  料金:両部¥2500/各部¥1500(付1ドリンク)
  会場:cafe haven't we met
  仙台市青葉区国分町3-9-2 第五佐々木ビル3F 
  備考:要前売り券。
  販売個所は、cafe haven't we metAntique Show


 ところで、昨年から始まった仙台アンデパンダン展が、今年も参加者を募っていらっしゃいます。どなたでもどんな作品でも出品できる展覧会。開催期日は、5月21〜6月2日まで。会場は、市内のギャラリー6箇所です。受付の期限はもうすぐ4月20日とのこと。迷ってる方はお急ぎを!
 詳しくはこちらをご覧下さい。
 なお、弊店でもエントリーシートを兼ねたフライヤーを配布しています。

志賀理江子写真展 ブラインドデート 第1期 続々

  • 2013.03.27 Wednesday
  • 19:08
 志賀さんが「あいちトリエンナーレ 2013」に参加なさることになりました。会場はご生地の岡崎市です。パチパチパチ!
 以前お伝えしたように、青野文昭さんやリアスアーク美術館もすでに参加が決まっています。会期は8〜10月にかけて。少しでも足をのばせそうな方がいらしたら、ぜひに!
 この夏は、弊店でも青野さんに展示をお願いしています。あわせてお楽しみにー。


 それから、ブラインドデートの会期中、志賀さんの全写真集を閲覧用として店頭に設置しています。処女作『Lily』(2007)をはじめ、同じく木村伊兵衛賞の対象となった『CANARY』(2007)と、後にそれを再検討した『カナリア門』(2009)。さらに、先ごろ上梓されたばかりの写真集『螺旋海岸|album』とテクスト集『螺旋海岸|notebook』(ともに2013)もご覧頂けます。

 そして、、『平成21年 北釜写真アルバム』(2012)は必見です。「螺旋海岸」とあわせ、密かに北釜三部作(!?)を構成します。
 2008年から大地震が起こるまで、志賀さんは名取市にある北釜という集落で「写真屋さん」として暮らし、行事の記録を村に収めていました。その仕事の成果です。彼女の貴重な一面が窺えるばかりか、村の風習や住人たちの佇まいにはつい引き込まれてしまいます。
 なお、どれも販売はしておりません。あしからずです。。

 閑話休題。


 こんなところに!

 ★ &#3609;&#3633;&#3604;&#3610;&#3629;&#3604;/ブラインドデート 志賀理江子

  会期:2013.3.8-6.30
  時間:10:00-20:00(土日-19:00)
  火曜定休
  会場:書本&cafe magellan(マゼラン)


 かねてご紹介してきたとおり、バイクを二人乗りするモチーフは、彼らに併走しながら撮られています。ところが、走行中なのに被写体は滅多にぶれません。かつまた、背景が流れることもありません。疾走する事実は、わずかに髪のもつれから察するしかないのです。時が止まり、画面は思いのほか静まり返っています。おそらくこれは、中央を占める女性がことごとく表情を欠いていることに由来します。紛れもなく観者を向いているにも拘らず、その瞳が一体なにを湛えているのか皆目見当がつかないのです。まなざしは、身体をすり抜け遠く彼岸を望んでいます。交流は封じられ、一切が静止します。被写体を見ようにも叶わず、彼岸へ促されるばかりです。否応なく観者のまなざしも写真のそれに折り重なります。もはやまなざしは誰のものともつきません。純粋な形式に昇華するのです。

 いっぽう運転手の視線は現実に属しています。彼の前方、つまりフレームの外にのびる道路を示唆し、走行がこの先も続くことを請け合います。ところで、会場にはサイズも高さもさまざまに所構わず写真があしらわれています。ともすれば、無秩序な配列にも見えかねません。しかし、走行する向きがみな一様のため、全体が相俟って一方向へ力強いうねりを生みだします。会場が狭いだけに、あたかもつむじ風が写真たちを巻き上げているかのようです。うねりは、次から次へ被写体を押し流し、かたや移ろう地を形成し、同時に図として不変項を浮揚させます。水平に継起する被写体、とりわけ女性の身体を振りほどき、まなざしそのものが屹立するのです。

 あたり一面をまなざしが埋め尽くします。ただし、そのわりに圧迫感を生じません。もとより、観者に注がれているわけではないからです。まなざしは、あくまで彼岸を見据える形式です。見る見られるという関係はとうに失効しています。写真と観者の分別は成立しません。人称性を欠くまなざしだけが会場を覆います。


 ここにもいました。

 余談ですが、志賀さんには珍しくすべて黒白です。もちろん「ブラインドデート」全体としてはカラーも数点含まれます。ところがそれも、モチーフが異なり構成写真に限られます。
 モノトーンはほかにも確認できないことはありません。必ずしも多くないものの、決まって「彼岸」が関わるときにのみ登場します。例えば「螺旋海岸」の展覧会では、まなざしだけを写した「遺影」がありました。本来はカラーのはずが、極端なトリミングと引き延ばしが色を飛ばす結果になっていました。ただし、写真集では姿を消しています。
 いやそれどころか、1点だけ紛れもない黒白写真が採用されていました。それも、おなじモチーフの別のカットがカラーで添えられ、彼岸と此岸の対比も鮮やかに示されていたのでした。前者には「6 眠り」、後者に「5 さようなら」が割り振られ、此岸から彼岸への移行がはっきり印象づけられるのです。これは写真集にも踏襲され、ページをめくる線的な構造によって両者の前後関係がより強調されています。
 また『Lily』も黒白ではないとはいえ、基調はモノトーンです。私見によれば、撮影者が「彼岸」を担って制作したがゆえの結果です(「彼岸」については拙論参照。ただし直接にはモノトーンに触れていません)。もっとも、最後に制作された「Lily」シリーズだけは多彩です。おそらく次作『CANARY』へ跳躍するに臨み、自己相対化を施しているからだと考えられます。

志賀理江子写真展 ブラインドデート 第1期 続々

  • 2013.03.16 Saturday
  • 12:39
  一説によると、県庁所在地のうち仙台が最も風の強い街なのだそうです。それにつけても今年は荒れ過ぎなんじゃないかしら。おかげで花粉がもう。。鼻腔がオーバーヒート気味です。いやそれよりも、外壁に野ざらしのまま展示している写真が、目を離した隙に吹き飛びやしないかと気が休まりません。出勤するたび真っ先に目を留めて「あぁまだある」なんて胸を撫で下ろす毎日です。。

 閑話休題。



★ &#3609;&#3633;&#3604;&#3610;&#3629;&#3604;/ブラインドデート 志賀理江子

 笑わないでレンズを見つめて、それだけ女性に告げてバイクに併走。ひたすらシャッターが切られています。2009年にバンコクを訪ねた志賀は、二人乗りで疾走する恋人たちをモチーフに選びます。甘美ながらどこか危うい彼女たちのまなざし。魅惑的です。会期中およそ1ヶ月ごとに作品を差し替えます。

 タイトルにある「ブラインドデート(blind date)」とは、面識のない相手とデートをすること。それをタイ語で表記したのが「&#3609;&#3633;&#3604;&#3610;&#3629;&#3604;」です。しいて日本語で発音すれば「ヌットボード」と読めるようです(近所のタイ料理屋さんに確認してもらったので間違いない、、はずです)。
 写された恋人たちのなかには、実際にブラインドデートを通して付き合い始めたカップルもいたことでしょう。しかし、必ずしもそれを条件に被写体が選ばれているわけではありません。このタイトルには、一般的な意味に加え、多様なニュアンスが込められているそうです。

 ひとつは、バイクで街ゆく彼らを眺めるうち、不意にとらわれてしまったという幻想です。ふざけて彼女がうしろから目を隠し(blind)、はずみで彼氏が手許を過り死んでしまう、そんな心中とも事故とも覚束ないできごと。もちろん、幻想を裏づける事実はありません。警察にまで問い合わせ、詳しく調査したものの、空振りに終わったといいます。ところが、この幻想は、滞在制作の通奏低音をなすことになります。やがて、ひと組だけ本当に目隠しをしてくれるカップルまであらわれ(危ないこと!)、それを撮り押さえすらするのです。
 ふたつめは、字義どおり盲目(blind)のカップルです。数多出会った恋人たちのなかでも、とりわけ彼らの印象が深く、じっくり取材させてもらったといいます(残念ながら、当時のノートは先の津波によって失われてしまったそうです)。見ることが叶わないにも拘らず、彼ら、とくに彼女の方が大の写真好きで、旅行先では必ず記念撮影を忘れないのだとか。そのための機材をいつも持ち歩いているそうです。いま展示しているこのカップルの写真も、志賀さんが立ち合ったとはいえ、彼らじしんがシャッターを切っています。バイクには乗らず、屋内で撮影されています。ちなみに、モチーフがカップルではない写真も思いのほか散見されます。より凝った演出が現場で加えられているものです。これを比較的小さくプリントし、大半を恋人たちのスナップが占めるなか、巧みに溶け込ませています。

 さて、タイトルにまつわるエピソードとしてはほかに、斜視の女性を写したものもあります。目線が外れているように見えてじつは本人には合っているというものや、あるいはその逆など。みつめあう視線は斜交いのまま、いっこうに透明な一致には至りえません(blind)。
 とりあえず、ぼくが耳に挟んだものだけ列挙してみました。さりとて、どうやらもっと多くの含みが秘められているようです。おそらく、写真と観者の関係をも示唆していると考えられます。詮索しだすときりがありません。もとより、作品をなおざりに、ことばにばかり拘泥したいわけではありません。ただ、志賀さんの関心が奈辺にあるのか、それがよく窺えるタイトルであることだけは確かです。

志賀理江子写真展 ブラインドデート 第1期 が始まりました!

  • 2013.03.08 Friday
  • 17:24
 本日から開始しました!志賀理江子さんの写真展。
 彼女らしく(?)、ストレートな展示からはほど遠い空間に仕上がっています。
 展示用の白壁をまず本で埋めてほしい、数週間前にそうご本人から告げられたときは、はてどうなることやら、期待と不安が入り交じったものです。それが、ふたを開けてみたら、予想を遥かにぶち抜く痛快な結果が待っていました。ぜひ多くの方にもご覧頂けたらと願わずにいられません。
 遅くまで作業して下さった志賀さんはもとより、助手を務めて下さった清水さん。それから、画竜点睛をまさに打って下さった瀬川さん。ありがとうございましたー。これから4ヶ月よろしくお願いします!

 写真を広げて選定中。。

意外なところからひょっこり顔を出したりします。

 天井にまで!


 ★ &#3609;&#3633;&#3604;&#3610;&#3629;&#3604;/ブラインドデート 志賀理江子

  「これだけ多くのバイクに乗った人がいれば、きっとふざけて彼の目を手で隠して走り、死んだ恋人たちがいたかもしれない、と思ったが、そんな事実はなかった。
バンコクですれ違った100組の恋人たち。彼らとともに5分間バイクを走らせる。ところが、視線を合わせたいのに、スピードを同期させることすらままならない。抜きつ抜かれつしながらも、いやだからこそ、まなざしは互いに相手を追いかけ、しがみつく。危うい必死の見つめあい。
  2009年に撮り溜められた写真を展示します。およそ1ヶ月ごとに差し替える予定です」。

  会期:2013.3.8.金-6.30.日
  時間:10:00-20:00(土日-19:00)
  火曜定休
  会場:書本&cafe magellan(マゼラン)



 ところで、、つい先日、大手町にあるTURNAROUNDさんがフリーペーパーをお出しになりました。タイトルは『美術ノート』。ぼくも志賀さんについて下手な文章を寄せさせて頂いています(第1回 志賀理江子試論)。ただ、当初の予定では、ちょうど一年前に印刷されるはずだったため、内容は完全に時機を逸しています。予めご寛恕をば。。ともあれ、拙文はさておき、市内でギャラリーを営む方々の鼎談など読みものが満載です。弊店ほか市内要所にて配布中!

 それから、近々SARPさんで多田由美子さんの展覧会にあわせ、小林耕平さんのパフォーマンスと、彼に加え林道郎さんを迎えてトークが企画されています。仙台ではとても貴重な機会になりそうです。ぜひ!

 ★ ことばとかわすことでつくること 小林耕平 × 多田由美子
  会期:2013.3.19.火−3.31.日
  時間:11:00-19:00(最終日-17:00)
  月曜定休
  会場:SARP(仙台市青葉区錦町1-12-7 門脇ビル1F)
  備考:3.19.火.18:00-19:30パフォーマンス(小林耕平、山形育弘)、3.30.土.17:00-18:30トーク(林道郎、小林耕平、多田由美子)

「螺旋海岸」の第一印象

  • 2012.11.15 Thursday
  • 00:04
 定休日のおととい、ようやく志賀理江子さん写真展「螺旋海岸」を拝見することが叶いました!わーい。深い樹林を延々と散策する経験、森林浴のようでした。高い天井、可動壁を外した広い空間。そこに幾筋もの写真の群れが屹立します。さらに片側から自然光がすーっと射しています(朝昼のみ、夜はまったく印象が変わるそうです)。歩くたび発見があり、じっくり見入ったり屈んでみたり。あっという間にタイムリミットになってしまいました。とほほ。来週もきっと伺います。
 未見の方のなかには、軽い気持ちで観覧するのは憚られるんじゃないかとお思いの方も少なくないようです。でも実際は、全然そんなことありませんでした。誤解を恐れずにいうと、野草園へピクニックしにゆくノリだと思います。最後は名残惜しさと清々しさで一杯になるくらいでした。

 ★ 志賀理江子 螺旋海岸
  会期:2012.11.7-2013.1.14(休館日11.22、12.29-1.4)
  時間:10:00-19:00(12.1-12.28のみ10:00-20:00)
  料金:一般100円(大学生・専門学校生含む)、高校生以下無料、豊齢手帳・身体障害者手帳など持参につき半額
  会場:せんだいメディアテーク(仙台市青葉区春日町2-1)


 未見の方はぜひぜひ!おまけに、弊店でも中村綾緒さんの写真展を開いています。ご近所なのではしごもおすすめ!さらに11/25(日)までだと、SARP(仙台アーティストランプレイス)で「仙台写真月間 2012」も開催中ですよ!


 会場で配布される「地図」の表裏

 ナンバリング

 まだまだ頭も身体もぐつぐつ沸騰中です。まとまりはありませんが、まずは第一印象だけさくっとメモしておこうと思います。
立て看板よろしく無造作に組み立てられた角材にプリントが素のまま貼られ、それが243点も広いフロア一面(1095㎡)に林立します。サイズや縦横比に多彩な異同があるものの、ほぼすべて人が隠れられる大きさです。そのうえ、受付を済ませてまず目に飛び込むのは裏面の合板ばかり。視界が攪乱させられます。ところが、あたりを見渡せば、それは大半の写真が内側へ向けて立てられているせいだと察しがつきます。おのずと足が中央へ促されるのです。すると、そこから放射状に拡散するかのように写真が配されています。むろん、すべてを見通すことは叶いません。なにしろ向きが一様ではないのです。写真どうし向かい合っていたり、完全に手前の写真の陰になっていたり。それでも、ずっと奥まで遠望することは難しくありません。どこまでも写真の木立が続きます。
 いうまでもなく、写真を一望することは断念しなければいけません。死角は必至であり、経路に応じて見え方が一定しません。かといって、混沌に陥るわけでもありません。かえって、写真は厳密な秩序に従って設置されています。すべて足下の床に1から9までいずれか分類番号が記され、全体におけるその役が割り振られているのです。会場で配布される「地図」に拠れば、1は「遺影」として超越(論)的な場を会場中央に形成し、8は「鏡」と銘打たれ、岩と松が世界の媒質として会場いたるところに出没します(セザンヌみたい!)。ただし、これは論理的な前後関係、もしくは区別に過ぎません。必ずしも経験が従わねばならない順序でもないのです。実際、順路に決まりは一切認められません。むしろ、すべての写真がほかの写真への通路になっています。というのも、どれも割り振られたひとつの役に閉じることがないからです。必ずほかの役割を背後に潜ませています。例えば、1「遺影」には、そこから展開されるべく2「私、私、私」(スナップ)や3「微笑み」(記念写真)等々が内包され、8「鏡」(岩と松)やその屈曲がかたちづくる深淵である9「伝言」(暗闇)はどの写真にも浸透しています。そればかりか、ほとんど同じ被写体の写真がカラーとモノクロ二通りに出力され、おのおの5「さようなら」と6「眠り」に割り振られたりもします。どちらか一方を見て他方を想起しない方が不自然です。つまり、潜在する役割をとおして写真どうしが連携しあい、見返すたびにまなざしの新たな編成が余儀なくされます。世界は確かに厳密に秩序立ってはいるものの、それは辿る経路に応じてそのつど別様の経験として生きられるほかありません。おそらく志賀さんが展示全体をとおして問うているのはこのまなざしの条件です。歩き、迷い、自失し、とにかく身を以て写真の群れに、ひいては世界の構造へ内在すること。見るべきものが訪れるのはその果てに違いありません。一方的な見切りはおろか、用意された見方を探し求めたところで、何も見いだせはしないでしょう。
 そして、この問いが最も顕著に露呈するのが6「眠り」と呼ばれる写真群です。「ここにある体は変身が進み、次第に周りの環境を率先して請け負い始め、その場に帯び始めたイメージをさらなる変化へと運ぶ媒体になりました。『土地』と『物語』がひとつの体にあることが一番よくわかる状態です」(「地図」)。『CANARY』(2007)で導入されたファンタスムによる現実否認の手法が徹底的に繰り広げられます(拙稿「第2回志賀理江子試論」参照)。ファンタスムをとおして世界の必然性に留保を挟み、新たな現実性を引き出すこと。そのたびまなざしが試され、観者じしんもめくるめく「変身」が強いられます。ところで、とりわけ6「眠り」が『CANARY』を継承しているとしたら、『Lily』は1「遺影」に受け継がれているようです。というのも「地図」に拠ればそれは彼岸である「静かな領域」に位置し、仮借ないまなざしをもたらすとされています。つまり、法を彼岸に見据え、そこから一方的な暴力を担う『Lily』(2007)とまったくおなじ機能を果たしているのです(拙稿「第1回志賀理江子試論」参照)。

 それから、縦位置の写真が印象的でした。床からの自立を強調し、なおかつ写真どうしの重なりに奥行きを持たせるためなのでしょう。ただ、なかには横位置でもおかしくないものをあえて縦に仕立てたと思しき数点も散見されました。従来の写真集が横位置ばかりだったので、ひときわ目に留まった次第です。来月上梓予定だというカタログの縦横が気になるところ。

第2回 志賀理江子 試論(分載3)

  • 2012.11.06 Tuesday
  • 20:50
 いよいよ明日から!志賀理江子さんの個展「螺旋海岸」が始まります。
 2008年、彼女は名取市にある海にほど近い集落、すなわち北釜へ移住します。その後、東日本大地震を経たのち今にいたるまで、当地で写真を制作し続けてきました。その成果がついに公開されます!

 ★ 志賀理江子 螺旋海岸
  会期:2012.11.7-2013.1.14(休館日11.22、12.29-1.4)
  時間:10:00-19:00(12.1-12.28のみ10:00-20:00)
  料金:一般100円(大学生・専門学校生含む)、高校生以下無料、豊齢手帳・身体障害者手帳など持参につき半額
  会場:せんだいメディアテーク(仙台市青葉区春日町2-1)


 ちょー楽しみなのに、ぼくは来週の定休日までおあずけです。とほほ。。
 いっぽう弊店でも来年の3月ぐらいから志賀さんの写真展を予定しています。2009年にタイの恋人たちを撮影したものです。バイクを二人乗りする彼ら、うしろに座る女性のまなざしを車で併走しながら志賀さんはカメラに収めています。とても魅惑的。こちらも乞うご期待!

 The Japan foundation,Bangkokより転載
 でも、その前に、今週の土日から来年の2月にかけては中村綾緒さんの写真展が弊店にて開かれます。年末に展示替えも予定。2期構成です。
 さらに、展示の皮切りとあわせて、市内別所にて投影会も実施します。もう再三再四お伝えしていますが、念には念を入れますよー。ホールさんにてこの土日11/10-11、初日10(土)には19:00-作家トークもあります。お誘い合わせの上ぜひ遊びにいらして下さいませー。ぼくも閉店後に駆けつけます。

 中村綾緒公式ホームページ:nakamuraayao

「あつめたひかりをそらにかえすツアー in 仙台」
 ★ お庭投影会
  会期:2012.11.10-11(土日)、11/10は19:00-解説&トーク
  時間:17:00頃-21:00頃
  会場:全部・穴・会館<ホール>(仙台市青葉区大手町3-2)
  料金:¥500(付ワンドリンク)

 ★ 写真集と珈琲、古本のじかん
  会期:前期2012.11.10(土)-12.30(日)、後期:2012.12.31(月)-2013.2.24(日)
  時間:10:00-20:00(土日のみ-19:00、火曜定休)
  会場:書本&cafe magellan(仙台市青葉区春日町7-34)
  料金:無料
  ※ 年末年始も通常営業(1/1(火)は定休)


 閑話休題。
 志賀さん試論、これにてひとまず終了です。
 駆け足で彼女の仕事を(写真集限定ですが)振り返ってきました。来る個展「螺旋海岸」が何らかの節目になるのは間違いなく、とにかくそのまえに総ざらいしておきたかった。法をめぐる一貫性と、それにも拘らずいやそれ故にこそ変貌を遂げざるをえない、彼女のたしかな足取りがあらためて確認できたと思います。とはいえ、まだまだ語り残したことは山ほどあります。ある方からご指摘頂いた「契約」の問題も今後の宿題です。とまれ、彼女のひたむきさにはほとほと脱帽するほかありません。次はどんな展開が待っているのか、いよいよ明日から。
 これまでの分はこちらからどうぞ。
第1回志賀理江子試論 ―まなざしと法―(分載1-4)
★ 第2回志賀理江子試論 ―まなざしと法―(分載1)(分載2)

志賀理江子公式ホームページ:Lieko Shiga

***
第2回 志賀理江子試論 ―まなざしと法―(分載3) 高熊洋平

(承前)
3 『カナリア門』
 『CANARY』の経験は、志賀に相当な混乱をもたらしたらしい(★13)。このままでは先に進めないと思いつめ、彼女はその後1年あまりをかけて検証作業に没頭する。その成果が『カナリア門』だ。ほぼ徹頭徹尾、右頁にプリントが直接貼り込まれ、それに対応するテクストが縦書きで左頁に添えられている。見開きごとに主題が仕切りなおされる(★14)
 写真はみな『CANARY』所収のものだ。それをあえて見づらく仕上げている。どれも小さいうえにオリジナルを再撮影したものばかり。反射光がうつりこみ、階調も飛んでは潰れる。ただし、1点ごとに光源や光量など条件が操作されている。白い雪景色がことさら暗くされたりする(「樹海」)。『CANARY』の現場さながら平面のプリントに演出を加えているのだ。不鮮明さによってオリジナルが否認され、『CANARY』のありうべきもうひとつの姿を救い出そうとしている。『LIly』の再撮影とは大違いだ。プリントへ没入することはもはやない。むしろ、露骨な反射光がそれを阻む。再撮影はオリジナルを別様に経験するためにこそ適用される。

 かたやテクストも『CANARY』を見返しながら撮影時の背景を救い出そうとしているようだ。おおむね当時の背景とともに、その発端である強い思い込みやその後の経緯が添えられている。そして、前者をさしおき、後者をとおして世界が見なおされる。例えば、あるとき被爆者の遺族から当時の惨状を聞き、別の機会に火を噴く大道芸人に会う。すると、原爆の話で志賀の頭はいっぱいになってしまう。やがて、頭上に火を浮かべて人を撮らねばという焦燥に駆られるまでに至る。そして、おなじテクストの終盤に突如、イメージ一般に関する彼女の確信と祈りが綴られる(「裕介の雲」)(★15)。つまり、ある特異な観念によって先行する事態が否認され、あらためてその観念から世界が立ち上げなおされる。そこには論理の積み重ねや説得的な弁明は一切ない。したがって、これは写真の解説にはなっていない。まして回顧談ではなおさらない。読んだところで写真の理解が進むとは限らない。あくまで撮影時の背景を読み替え救済することが目的なのだ。ただ、そのためにはいったん所与の事態につき従う必要がある。その受苦が未だ言語化しえないとすれば、読み替えすらままならない。白紙の頁があるのはそのためだと思われる(「ドミニク」)。
 プリントとテクストはその内容が近づくことはあれど、一致することはついぞない。無論どちらか一方に還元しきることなどできはしない。ただ、否認という形式をとおしてのみ両者は共鳴する。そして、その限りでテクストは身を以て世界へのまなざしそのものを教えてくれている。プリントとテクストは互いの鏡像であり、見開きの誌面はその形式を映しあう合わせ鏡になる。
ところで、撮影の背景が読み替えられた波及効果か、全体の構成まで刷新されている。背景を共有するプリントがブロックを形成し、配列の錯綜が払拭される。それにともない、重複がもたつくと看做されたのか、5点が間引かれ、2点が差し替えられている。タイトルの変更も27点に及ぶ。

4 結
 法こそがまなざしを可能にする。この命題が志賀を規定している。ところが、彼女はことあるごとにそこから独自の応答を展開する。そのつど法は、ときに荒れ狂う暴力そのものと化し、またあるときには受苦の極みに救済をもたらしもする。そこで志賀は、法を担って写真を切り裂くか、さもなくば法に従い法外な労力を現場へ投入する。一方で『Lily』が加速する破壊の累積から弾き出されれば、他方では『CANARY』がそのつど増殖する「変身」の抜け殻として溢れ出す。いずれにしろ、志賀の歩みには法とわたり合う必死の倫理が貫いている。前者では法を経験の彼岸に見据え、後者では法を別様に経験しなおす。そうすることで、おのおの自由を担保しその身を賭して倫理を試す。ついては、頁をめくる観者をも巻き込み、まなざしそのものが厳しく問われる。見るべきものが見いだされるために。(第2回了)

【注】

★13 「『CANARY』は滞在制作なんですけど、アーティストが美術館に招かれて、その個人とまったく関係ない土地にわざわざ行って滞在して、しかもその土地にまつわる作品をつくって、そのうえ発表までするという、その違和感たるや凄まじくて、最初は結構混乱した。…いろんな混乱があって、その混乱したものが『CANARY』っていう写真集になった。それから、混乱して整理できないものを徹底的に検証しないと、自分が見せる意味とか、持つ責任とかわからないと思って、言葉で書いてみようと思ったんです。それが『カナリア門』になりました」(『じぶんを切りひらくアート』高橋瑞木 編著、フィルムアート社、2010、177頁)。
★14 長文のためか次の箇所のみ例外。「毛皮を着た人 | 頭」『カナリア門』、68-69頁。
★15 前掲書、38-39頁。

***

第2回 志賀理江子 試論(分載2)

  • 2012.11.04 Sunday
  • 21:07
 しつこいようですが、この土日11/10-11は写真家中村綾緒さんの投影会がありまーす。
 会場は、花壇の手前、評定河原付近にあるホールさんです。ぜひご覧あれー!

 DMは市内要所で配布中。どうぞお手にとって下さいね。

設置箇所
 仙台
  ★ bookcafe 火星の庭:ブックカフェ
  ★ カフェ・ド・ギャルソン:カフェ
  ★ cafe haven't we met:カフェ
  ★ カフェ モンサンルー:カフェ
  ★ 喫茶ホルン:カフェ
  ★ ジュンク堂書店仙台ロフト店:書店
  ★ SARP(仙台アーティストランプレイス):ギャラリー
  ★ SENDAI KOFFEE CO.(センダイコーヒー):カフェ
  ★ せんだいメディアテーク:ギャラリーや図書館など
  ★ TURN AROUND:カフェギャラリー
  ★ MEALS:カフェ
  ★ 宮城県美術館 創作室前:美術館
  ★ On the Earth:アウトドアショップ
  ★ WILD-1仙台泉店:アウトドアショップ
 蔵王
  ★ cafe fua:カフェ
 東京
  ★ 東京国立近代美術館:美術館
  ★ Place M:フォトギャラリー
  ★ 蒼穹舎:書店ギャラリー
  ★ NADiff:書店
  ★ 4seasons cafe hannari:カフェ
  ★ TULIPS CAFE:カフェ
  ★ 路地と人:オルタナティブスペース
  ★ 空蓮房:瞑想ギャラリー
  ★ ギャラリーみずのそら:ギャラリー
  ★ ギャラリーカフェ3:カフェギャラリー

 茨城
  ★ かしゃま文化会館:カフェギャラリー
 栃木
  ★ studio baco:スタジオとギャラリーとカフェ
 奈良
  ★ ナナツモリ:フォトスタジオとカフェ

 この場をかりて置かせて下さってるお店の皆さんへ多謝!

中村綾緒公式ホームページ:nakamuraayao

「あつめたひかりをそらにかえすツアー in 仙台」
 ★ お庭投影会
  会期:2012.11.10-11(土日)、11/10は19:00-解説&トーク
  時間:17:00頃-21:00頃
  会場:全部・穴・会館<ホール>(仙台市青葉区大手町3-2)
  料金:¥500(付ワンドリンク)

 ★ 写真集と珈琲、古本のじかん
  会期:前期2012.11.10(土)-12.30(日)、後期:2012.12.31(月)-2013.2.24(日)
  時間:10:00-20:00(土日のみ-19:00、火曜定休)
  会場:書本&cafe magellan(仙台市青葉区春日町7-34)
  料金:無料
  ※ 年末年始も通常営業(1/1(火)は定休)


 閑話休題。
 引きつづき、志賀さん試論です。
 これまでの分はこちらからどうぞ。
第1回志賀理江子試論 ―まなざしと法―(分載1-4)
第2回志賀理江子試論 ―まなざしと法―(分載1)

志賀理江子公式ホームページ:Lieko Shiga

***
第2回 志賀理江子試論 ―まなざしと法―(分載2) 高熊洋平

(承前)
 法に従うといっても、単に甘んじるだけでは埒があかない。それでは目に映るもののほか何も見いだせない。たかだか現状を追認するのが関の山だ。なんとしても法を受苦とは異なる経験として読み替えねばならない。そこで志賀は、常識の期待を遥かに超えて盲従し、そのあまり法から想定外の帰結を導きだしてしまう。無数の紙の花を枯れ木に結わえ(「角隠し」)、民家をピンクに塗りたくる(「ピンクハウス」)等(★7)。妄想めいた思い込み、ファンタスムだ。人が枯れ木を憂い、ピンクを好む、その些細な機微が志賀に過剰な転移を起動させる。いったん他者の欲望が法をなすや、彼ら本人すら思いもよらない解釈が志賀には芽生えてしまう。しかし、どんなに常識はずれとはいえ、法を寸分も踏み外すことなく、まさに文字どおり忠実に従ったがゆえの結論なのだ。こうして志賀は、本来なら常識なり現実に縁取られていた法をねじ曲げ、こともなげにファンタスムと現実の見境を棄却する。ないはずのものが現実のかたわらに添えられる。現実が否認されるのだ(★8)。志賀の写真で被写体がありのまま写しとられることはまずない。かといって、逆に虚構化が全うされることもない。一方で現実を温存しながら、他方でファンタスムを忍び込ませて世界の脱皮が試みられる。現実は、否定されきることなく、さりとて肯定もされないまま棚上げされる。その隙をみて、ファンタスムを梃子に新たな現実性が引き出される。シャッターが切られるのはこの瞬間をおいてほかにない。現実もろともファンタスムを凍結し、宙に吊ってしまうのだ。すると、現場から自立したファンタスムも真偽が棚上げされる。写真は現実とファンタスムを見かけというおなじ身分に圧縮してしまい共存を余儀なくするのだ。所与の現実のすぐそばにファンタスムによるもうひとつの現実性が懐胎する。法への度を越した盲従は、すでにあるこの現実への異議申し立て、受苦を読み替える捨て身の法解釈なのだ。肝心なのは、現実の必然性に留保を挟み、ファンタスムをとおして世界を別様に経験しなおすこと。それを志賀の口端によくのぼる「変身」と言い換えてもよい。撮影のたびそのつど世界は救われ、写真家は「変身」を繰り返す(★9)

 ところで、マゾヒストは他者から懲罰を受けようと様々な手だてを企てる。というのも、決定的な命令は、他者が堪えがたくなるまで急き立てられそのうえで初めて下されるからだ(★10)。他者を必要以上に不安がらせ、どうにか法をふるわせる。翻って、志賀の写真にもおなじ性向を認めるのは難しくない。法への過度な盲従が、現場のみならず、写真を手にとる観者をも無性に急き立て不安を煽る。だが、これは一面的に過ぎるだろう。あくまで法をふるう(ふるわせられる)側の視点でしかない。他面において盲従は捨て身の法解釈でもあったはずだ。受苦する側が法を読み替え、世界の箍を外してしまう予感をも秘めている。不安は自由へのおののきと表裏一体なのだ。そして、じつは裏腹にもこの畏れはユーモアとも踵を接する。懲罰を嬉々として骨抜きにしてしまうマゾヒスト、彼のしたたかさにはつい笑みがこぼれてしまう(★11)。同様に、志賀は捨て身の法解釈をとおしてシリアスな現実をファンタスムへ脱臼させてしまう。逆光を背に迫るヘルメットの髭面(「ジィ」)。皮を剥がれてなお目許の愛らしい熊の首(「冠」)等。以前『Lily』がユーモラスな数点をとおして全体の暗い意志を脱構築している可能性を示唆しておいた(★12)。いまや断言してよい。やはり『Lily』の志賀はサディストを装うマゾヒストだったのだ。当初から虎視眈々と転覆を睨みながら、やがて滞在制作という、超自我を外部に委ねうる好機に恵まれ一挙に開花したと考えられる。『CANARY』にはユーモアによる救済が満ちている。(つづく)

【注】

★7 前者は『カナリア門』、94-95頁。後者は同書、34-35頁。
★8 去勢恐怖のため女性にペニスのない事実、つまり所与の現実を認めようとしない心的機制を指す。これをドゥルーズは積極的に擁護する。「否認なるものを、否定や破壊ですらなく、むしろ現に存在するものの正当化に反逆し、現実の与件の彼方に、他からさずかったのではない新たな地平を開示しうる特性をになった一種の宙吊りの未決定状態、中間的状態を装うことで成立する、ある一つの操作の出発点と理解すべきであろう」(『マゾッホとサド』、41頁)。
★9 本稿冒頭で『CANARY』の構成が「てんでばらばらだ」と指摘した。やむをえない事情も検討した。そのうえでなお、この錯乱を受苦として引き受けることは可能だろうか。志賀にならってつき従ってみたい。序盤については、疑う余地なくばらばらだ。ところが、ちょうど中央30点目にさしかかる前後から、にわかに見開き2点が目配せを開始する。まずは百合の刺(「怒った百合」)と熊の牙(「冠」)。白い臼歯(「ゴーストタウン」)と白馬の背(「白山」)。群生するペニスのような石筍(「ブルーペニス」)と足を裏合わせに仰向けになる男性ふたり(「やもめ」)。次に植物が2点続くと、左頁に捨ておき山になった切り花(「彼岸花」)が目に留まる。これは右頁と対応しない。だがその矢先、頁を捲るや次の右頁と応答しあうのだ。おなじ量の切り花が、掘られた穴に埋められている(「花穴」)。息を呑むのはここからだ。つづく見開きには、ブルーシートが敷かれた花見の光景(「青い春」)とブルーシートを下に解体される熊(「毛皮を来た人」)。さらに頁を捲ると熊の直下から、つまり2頁先に志賀の肖像画(「予知夢」)が姿をあらわすのだ。しかも、熊と同じ姿勢で横たわっており、熊は皮を剥がれ、志賀はヌードだ。両者のあいだ、すなわち志賀の左隣の頁には一面、血を流す鯨の表皮があしらわれる(「満ち潮」)。表皮には斜線がいくつも走り、まるで熊と志賀の姿勢をなぞるかのようだ。そして、やはり裸だ。次の見開きも裸の主題だ。とまれ、ひたすら写真につき従えば、熊は志賀じしんであり、両者はともに鯨でもある。その前後には熊の首(「冠」)と鯨の目(「ホエールランド」)も確認できる。要は志賀の顔写真だ。しかも前者は人手によって凝視を促されている。強いられる自画像。そもそも当初の肖像画じたいが他者の目による強いられた描像だった。強いられるたび、志賀はそれを読み替え変身する。いやこの場合は分身と呼ぶべきか。熊や鯨に限らず、じつは『CANARY』は志賀の分身をより集めた肖像写真集なのかもしれない。なお、のちに志賀じしんが、比べようもなく丹念に本書の救済を成し遂げる。『カナリア門』だ。ただし、形態の類似には拠らず、再撮影と撮影背景の言語化を介して。
★10 『ラカン派精神分析入門 ―理論と技法―』(ブルース・フィンク 著、中西之信 他訳、誠信書房、2008)の第9章「倒錯」、マゾヒズムの項を参照。
★11 「マゾッホ的ユーモアとは次のようなものである。すなわち、かりに違反するなら当然の帰結としての懲罰をこうむるだろうという危険によって欲望の実現を禁じるその法が、いまやまず懲罰を加え、その帰結として欲望の充足を命ずる法となってしまっているのだ」(『マゾッホとサド』、112頁)。
★12 本試論(第1回)、注7。

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定休日:火曜
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