仙台写真月間2007

  • 2007.08.25 Saturday
  • 15:38
お天気のよい日は、散歩がてらに立ち寄って下さるお客さまがよくお見えになります。
メディアテークを始め、小さな雑貨屋さんやギャラリーが点在していて、ブラブラするのに丁度よいエリアなのかもしれません。

じつはボクも先日の休暇、ビラ撒きを口実に散歩、近所の「ギャラリー宙」を覗いてきました。
大宮瞳子さんの写真展が開かれていました。
どの写真もごくありふれた光景を、淡い色調で包み込んでいます。
遠景か近景か、あるいは被写体自身の存在感すら、この際あまり重要ではないようです。
むしろ写真全体を覆う色調、とりわけ写しとられた取り留めのない日常と釣り合う、はかない調子。
つまりここには撮る=見るべきものは何もなく、かえってその空虚に誘われて、淡い調子の色が情緒として吹き込んでいるかのようです。

さて、この写真展は、これから2ヶ月に渡り開催される「仙台写真月間2007」の一環で、1週間ごとに計8人の方々が展示なさるようです。
なるべくボクも見にゆきたいと思います。

最後に古本屋らしく、本の紹介をします。

『不可視性としての写真 ジョームズ・ウェリング』清水穣、ワコウ・ワークス・オブ・アート、1995、弊店古書価¥3000

いまや美術や音楽、とりわけ写真批評で定評のある著者ですが、これは彼のデヴュー作で、第一回重森弘淹写真評論賞を受賞しています。
とても薄く小さな本で、その後の仕事に繋がるエッセンスが高純度で結晶しています。本当に美しい小品です。
写真を、写す主体(記憶、表現など)と写される被写体(現実、存在など)から同時に解放し、むしろ見ることそのものを可能にする条件として剔出すること。
たとえばベンヤミンを再解釈しながらこう言明しています。
「ベンヤミンが発見したものは、写真を撮られたときには意識されていなかったが、写真を見ている今は意識できるような潜在意識の領域ではなく、意識可能なものの絶対的外部としての潜在的な質であり、それをこそ彼は視覚的無意識と名付けた」。
そして、このモチーフはその後、ベッヒャー・シューレやティルマンス、あるいは森山大道など論じるおりにも(『白と黒で』2004、『写真と日々』2006)一貫して現れ、そのつど作家固有の条件=質を特定してゆくことになります。

しかしこの本が長らく手に入りにくい状態というのは、非常に残念なことです。
刊行当初こそ売れにくい本だったかもしれませんが、今や実績のある著者です。
どこかで復刻しないものかしら。。。

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  • 2019.05.15 Wednesday
  • 15:38
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    コメント
    サラ・ムーンの写真集見てみたいです。そのうちお店にうかがいますのでよろしくお願いします。最近ちょっと忙しいので9月になってしまいそうです。が・・・。サラの写真はなんとなく幻想的で好きなんです。あとはマン・レイとか。ギャラリー宙は知らなかったです。あのあたりにあるんですね。今度行ってみよっと!
    >プーさん
    どうぞどうぞ。お待ちしてますよ。でも売れちゃった時はゴメンナサイ!(まぁそうそう売れないとは思うけど。。。)
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