第2回 志賀理江子 試論(分載2)

  • 2012.11.04 Sunday
  • 21:07
 しつこいようですが、この土日11/10-11は写真家中村綾緒さんの投影会がありまーす。
 会場は、花壇の手前、評定河原付近にあるホールさんです。ぜひご覧あれー!

 DMは市内要所で配布中。どうぞお手にとって下さいね。

設置箇所
 仙台
  ★ bookcafe 火星の庭:ブックカフェ
  ★ カフェ・ド・ギャルソン:カフェ
  ★ cafe haven't we met:カフェ
  ★ カフェ モンサンルー:カフェ
  ★ 喫茶ホルン:カフェ
  ★ ジュンク堂書店仙台ロフト店:書店
  ★ SARP(仙台アーティストランプレイス):ギャラリー
  ★ SENDAI KOFFEE CO.(センダイコーヒー):カフェ
  ★ せんだいメディアテーク:ギャラリーや図書館など
  ★ TURN AROUND:カフェギャラリー
  ★ MEALS:カフェ
  ★ 宮城県美術館 創作室前:美術館
  ★ On the Earth:アウトドアショップ
  ★ WILD-1仙台泉店:アウトドアショップ
 蔵王
  ★ cafe fua:カフェ
 東京
  ★ 東京国立近代美術館:美術館
  ★ Place M:フォトギャラリー
  ★ 蒼穹舎:書店ギャラリー
  ★ NADiff:書店
  ★ 4seasons cafe hannari:カフェ
  ★ TULIPS CAFE:カフェ
  ★ 路地と人:オルタナティブスペース
  ★ 空蓮房:瞑想ギャラリー
  ★ ギャラリーみずのそら:ギャラリー
  ★ ギャラリーカフェ3:カフェギャラリー

 茨城
  ★ かしゃま文化会館:カフェギャラリー
 栃木
  ★ studio baco:スタジオとギャラリーとカフェ
 奈良
  ★ ナナツモリ:フォトスタジオとカフェ

 この場をかりて置かせて下さってるお店の皆さんへ多謝!

中村綾緒公式ホームページ:nakamuraayao

「あつめたひかりをそらにかえすツアー in 仙台」
 ★ お庭投影会
  会期:2012.11.10-11(土日)、11/10は19:00-解説&トーク
  時間:17:00頃-21:00頃
  会場:全部・穴・会館<ホール>(仙台市青葉区大手町3-2)
  料金:¥500(付ワンドリンク)

 ★ 写真集と珈琲、古本のじかん
  会期:前期2012.11.10(土)-12.30(日)、後期:2012.12.31(月)-2013.2.24(日)
  時間:10:00-20:00(土日のみ-19:00、火曜定休)
  会場:書本&cafe magellan(仙台市青葉区春日町7-34)
  料金:無料
  ※ 年末年始も通常営業(1/1(火)は定休)


 閑話休題。
 引きつづき、志賀さん試論です。
 これまでの分はこちらからどうぞ。
第1回志賀理江子試論 ―まなざしと法―(分載1-4)
第2回志賀理江子試論 ―まなざしと法―(分載1)

志賀理江子公式ホームページ:Lieko Shiga

***
第2回 志賀理江子試論 ―まなざしと法―(分載2) 高熊洋平

(承前)
 法に従うといっても、単に甘んじるだけでは埒があかない。それでは目に映るもののほか何も見いだせない。たかだか現状を追認するのが関の山だ。なんとしても法を受苦とは異なる経験として読み替えねばならない。そこで志賀は、常識の期待を遥かに超えて盲従し、そのあまり法から想定外の帰結を導きだしてしまう。無数の紙の花を枯れ木に結わえ(「角隠し」)、民家をピンクに塗りたくる(「ピンクハウス」)等(★7)。妄想めいた思い込み、ファンタスムだ。人が枯れ木を憂い、ピンクを好む、その些細な機微が志賀に過剰な転移を起動させる。いったん他者の欲望が法をなすや、彼ら本人すら思いもよらない解釈が志賀には芽生えてしまう。しかし、どんなに常識はずれとはいえ、法を寸分も踏み外すことなく、まさに文字どおり忠実に従ったがゆえの結論なのだ。こうして志賀は、本来なら常識なり現実に縁取られていた法をねじ曲げ、こともなげにファンタスムと現実の見境を棄却する。ないはずのものが現実のかたわらに添えられる。現実が否認されるのだ(★8)。志賀の写真で被写体がありのまま写しとられることはまずない。かといって、逆に虚構化が全うされることもない。一方で現実を温存しながら、他方でファンタスムを忍び込ませて世界の脱皮が試みられる。現実は、否定されきることなく、さりとて肯定もされないまま棚上げされる。その隙をみて、ファンタスムを梃子に新たな現実性が引き出される。シャッターが切られるのはこの瞬間をおいてほかにない。現実もろともファンタスムを凍結し、宙に吊ってしまうのだ。すると、現場から自立したファンタスムも真偽が棚上げされる。写真は現実とファンタスムを見かけというおなじ身分に圧縮してしまい共存を余儀なくするのだ。所与の現実のすぐそばにファンタスムによるもうひとつの現実性が懐胎する。法への度を越した盲従は、すでにあるこの現実への異議申し立て、受苦を読み替える捨て身の法解釈なのだ。肝心なのは、現実の必然性に留保を挟み、ファンタスムをとおして世界を別様に経験しなおすこと。それを志賀の口端によくのぼる「変身」と言い換えてもよい。撮影のたびそのつど世界は救われ、写真家は「変身」を繰り返す(★9)

 ところで、マゾヒストは他者から懲罰を受けようと様々な手だてを企てる。というのも、決定的な命令は、他者が堪えがたくなるまで急き立てられそのうえで初めて下されるからだ(★10)。他者を必要以上に不安がらせ、どうにか法をふるわせる。翻って、志賀の写真にもおなじ性向を認めるのは難しくない。法への過度な盲従が、現場のみならず、写真を手にとる観者をも無性に急き立て不安を煽る。だが、これは一面的に過ぎるだろう。あくまで法をふるう(ふるわせられる)側の視点でしかない。他面において盲従は捨て身の法解釈でもあったはずだ。受苦する側が法を読み替え、世界の箍を外してしまう予感をも秘めている。不安は自由へのおののきと表裏一体なのだ。そして、じつは裏腹にもこの畏れはユーモアとも踵を接する。懲罰を嬉々として骨抜きにしてしまうマゾヒスト、彼のしたたかさにはつい笑みがこぼれてしまう(★11)。同様に、志賀は捨て身の法解釈をとおしてシリアスな現実をファンタスムへ脱臼させてしまう。逆光を背に迫るヘルメットの髭面(「ジィ」)。皮を剥がれてなお目許の愛らしい熊の首(「冠」)等。以前『Lily』がユーモラスな数点をとおして全体の暗い意志を脱構築している可能性を示唆しておいた(★12)。いまや断言してよい。やはり『Lily』の志賀はサディストを装うマゾヒストだったのだ。当初から虎視眈々と転覆を睨みながら、やがて滞在制作という、超自我を外部に委ねうる好機に恵まれ一挙に開花したと考えられる。『CANARY』にはユーモアによる救済が満ちている。(つづく)

【注】

★7 前者は『カナリア門』、94-95頁。後者は同書、34-35頁。
★8 去勢恐怖のため女性にペニスのない事実、つまり所与の現実を認めようとしない心的機制を指す。これをドゥルーズは積極的に擁護する。「否認なるものを、否定や破壊ですらなく、むしろ現に存在するものの正当化に反逆し、現実の与件の彼方に、他からさずかったのではない新たな地平を開示しうる特性をになった一種の宙吊りの未決定状態、中間的状態を装うことで成立する、ある一つの操作の出発点と理解すべきであろう」(『マゾッホとサド』、41頁)。
★9 本稿冒頭で『CANARY』の構成が「てんでばらばらだ」と指摘した。やむをえない事情も検討した。そのうえでなお、この錯乱を受苦として引き受けることは可能だろうか。志賀にならってつき従ってみたい。序盤については、疑う余地なくばらばらだ。ところが、ちょうど中央30点目にさしかかる前後から、にわかに見開き2点が目配せを開始する。まずは百合の刺(「怒った百合」)と熊の牙(「冠」)。白い臼歯(「ゴーストタウン」)と白馬の背(「白山」)。群生するペニスのような石筍(「ブルーペニス」)と足を裏合わせに仰向けになる男性ふたり(「やもめ」)。次に植物が2点続くと、左頁に捨ておき山になった切り花(「彼岸花」)が目に留まる。これは右頁と対応しない。だがその矢先、頁を捲るや次の右頁と応答しあうのだ。おなじ量の切り花が、掘られた穴に埋められている(「花穴」)。息を呑むのはここからだ。つづく見開きには、ブルーシートが敷かれた花見の光景(「青い春」)とブルーシートを下に解体される熊(「毛皮を来た人」)。さらに頁を捲ると熊の直下から、つまり2頁先に志賀の肖像画(「予知夢」)が姿をあらわすのだ。しかも、熊と同じ姿勢で横たわっており、熊は皮を剥がれ、志賀はヌードだ。両者のあいだ、すなわち志賀の左隣の頁には一面、血を流す鯨の表皮があしらわれる(「満ち潮」)。表皮には斜線がいくつも走り、まるで熊と志賀の姿勢をなぞるかのようだ。そして、やはり裸だ。次の見開きも裸の主題だ。とまれ、ひたすら写真につき従えば、熊は志賀じしんであり、両者はともに鯨でもある。その前後には熊の首(「冠」)と鯨の目(「ホエールランド」)も確認できる。要は志賀の顔写真だ。しかも前者は人手によって凝視を促されている。強いられる自画像。そもそも当初の肖像画じたいが他者の目による強いられた描像だった。強いられるたび、志賀はそれを読み替え変身する。いやこの場合は分身と呼ぶべきか。熊や鯨に限らず、じつは『CANARY』は志賀の分身をより集めた肖像写真集なのかもしれない。なお、のちに志賀じしんが、比べようもなく丹念に本書の救済を成し遂げる。『カナリア門』だ。ただし、形態の類似には拠らず、再撮影と撮影背景の言語化を介して。
★10 『ラカン派精神分析入門 ―理論と技法―』(ブルース・フィンク 著、中西之信 他訳、誠信書房、2008)の第9章「倒錯」、マゾヒズムの項を参照。
★11 「マゾッホ的ユーモアとは次のようなものである。すなわち、かりに違反するなら当然の帰結としての懲罰をこうむるだろうという危険によって欲望の実現を禁じるその法が、いまやまず懲罰を加え、その帰結として欲望の充足を命ずる法となってしまっているのだ」(『マゾッホとサド』、112頁)。
★12 本試論(第1回)、注7。

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