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    『月刊 佐藤純子』(ちくま文庫版)はじめました!

    • 2017.03.16 Thursday
    • 23:05

     花粉、舞ってますねぇ。例年よりはましだけど。。目と鼻がもやもやして集中力が削がれます。うぅ。でも、これを越せば、すぐに春!夏が俟ちどおしい。

     

     さて、弊店にて小品展をひらいて頂いている青野さん。今月末から、あらたにグループ展へ参加なさるそうです。

     ただ、メイン会場は青森県立美術館らしく、今回ご紹介するのは、あくまで東京で開かれるサテライト企画の方です。ご興味のある方はお間違いなく!もちろん、本会場へもぜひ訪ねて頂きたいのはいうまでもありません。

     くわしくは把握していませんが、どうやらアニメーション作家の水尻自子さんとコラボなさるみたい。!?ぜんぜん想像つきません。どうなるのかしら。。

     しかも、参加リストには、仙台ゆかりの宮崎夏次系(まんが家)さんのお名前も!おぉ。こちらは柴田聡子(ミュージシャン)さんとコラボって、、こっちもよくわかりません。う〜む。

     

     ラブラブショー2

      会場:青森県立美術館

      会期:2017.4.28-7.2

      料金:一般¥1300〜

      

      東京飛地展示

       会場:カマタ ソーコ(東京都大田区荻中3丁目22−7)

       会期:2017.3.30-4.30

       料金:無料

     

     閑話休題。

     

     いっぽう市内では、知人のイラストレーターが個展をひらきます。それにあわせて、、というわけでもないのですが、近ごろ出版された、当人の著作を弊店でも取り扱います!

     

     

     『月刊 佐藤純子』佐藤ジュンコ 著、筑摩書房、2016、¥950

     

     いまだと、フリーペーパーの『月刊 佐藤純子』発売記念号、そして文庫化記念限定しおりもおつけしております〜。おとく!

     

     

     著者が、2009年から配り歩いてきたフリーペーパーをまとめたものです。失敗談やら仙台の一断面やら、身辺雑記がまんがに綴られています。振り返ってみると、けっこうなボリュームです。ちなみに、弊店もちょっとだけ出てきます。なつかしいな。

     

     話は前後しますが、著者の個展中にはイベントがいくつか目論まれており、うち一つにはぼくも登壇する予定です。著者の作業風景を肴に、根ほり葉ほり聞き出します。っていうか、某NHKの「漫勉」スタイルをやってみたいってだけですけど!タナランさんには、撮影やら機材などお手間おかけします。。

     

     TURNAROUND企画展覧会 佐藤ジュンコ(38)

      会期:2017.4.4-4.16(月曜定休)

      会場:Gallery TURNAROUND

      備考:4.4.19:00- オープニング新年度会(¥1000)/4.11.19:00- アーティストトーク(ゲスト 高熊洋平)/4.15.19:00-本を肴に酒を楽しむ会(マスター 小川直人)

     

     ジュンコさんのまんがは、一般的にはいわゆるコミックエッセイに分類されそうです。このジャンルは、西原理恵子(『毎日かあさん』)や細川貂々(『ツレがうつになりまして。』)いらい、めっきり立派な市場に育ちました。先達には無論、1980〜90年代のいしかわじゅん(『フロムK』)やとりみき(『愛のさかあがり』)、あるいは岡崎京子など存外多くの作家を数えることができます。それでもやはり、輪郭が自明になったのは2000年代に入って、先述した西原たちからではないでしょうか。というのも、爾来、様式や流通のあり方が膠着したように見受けられるからです。表情に乏しい点のみの目。家族や病気などのワンテーマ主義。まんが誌以外の、ターゲットを絞った連載等々。

     かたや『月刊 佐藤純子』はというと、点目は踏襲されているものの、無責任なフリーペーパーが出自のゆえか、テーマは拡散し、ひとつには収まりきりません。流通だって行き当たりばったりです。けれど、気まぐれに描き、配りあるくそのプロセスにこそ、商業作品では不可能な本書の魅力が由来する、そんな気がしてなりません。

     そこでは、内容はもとより、生産と流通の形式(リズム)までもが、ふだんの何気ない暮らしぶりと同期しています。日常がまんがに綴られる一方、まんが自体もまた日常へ溶けこんでいるのです。両者は見境なく折り重なり、今ここが多重化します。まんがは、彼方に夢想される異世界なのではなく、目の前の、まさにこの世界が同時にまんがでもありうるのです。

     例えば、三本しか指の描かれないキャラたち。彼らを思うともなし、ジュンコさんの手もとを覗くと、見たこともない指使いでペンを握っていて、驚いたことがあります。まんがにつられて日常を顧みたら、うっかり踏み外してさらに傍らの別世界へ不時着してしまったかのようでした。ともあれ、その筆遣いを眺めるうち、これと比べたら案外三本だけでもこと欠かないのかもしれない、そう思いはじめている自分に気がつきました。まんがは、日常の秩序をこともなげに再配置して人をそこで遊ばせます(ケンダル・ウォルトンの「ごっこ(遊び)理論」を参照。『フィクションとは何か』等)。

     まんがが手渡されるたび、世界は多重化し、日常一辺倒のままではいられなくなります。輻輳する世界によって、著者も読者もあらぬ方へ逸脱を余儀なくされるのです。今回の文庫化もその賜物だったりするのかもしれません。

     すると、本書の身上は、ネタ(内容)そのものではなく、かえってその外部、つまり、日常とまんがが節操なく混じり合う現実のプロセスにこそ懸かっている、やはりそう考えられそうです。だから、話数を仕切りなおすたび自己紹介を繰り返し、しきりと語りかける話法が採用されるのでしょう。外部が尊重されているのです。この性向は点目の機能にまで及んでいます。余計な感情移入を防ぎ、読者をまんがの外に留めおくのです。

     ちなみに、一般的なコミックエッセイの場合も、内面の回避がおそらく点目の理由です。ネタ(ワンテーマ)の効率的な伝達にとって、複雑な心境は障碍でしかありませんから。ただしこんどは逆に、読者はネタへ、つまり作品内の消費へ促されます。ネタ(ワンテーマ)を軸に編まれた構成や媒体が、そう仕向けるのでしょう(点目そのものはニュートラルな記号だが、おかれる環境や文脈に応じて役割を変えうる。いわばヤコブソンいうところの「シフター(転換詞)」だ)。

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