寿司とタモリ

  • 2007.08.03 Friday
  • 00:03
営業中、先日の記事を読み返していたら、不意にタモリの「寿司将棋」を思い出し、笑いが込み上げて困ってしまいました。
それはタモリと小松政夫が、注文したネタをずらっと並べ、神妙な面持ちで指してゆく、という遊びです(職人さんに怒られそうな悪ふざけだな)。
無論ルールなんてあるわけもなく、例によってほとんどノリだけで勝負は進行します。
しかも解説役の女の子までいて、「2六タコ」とか読み上げ、あげく奥では打ち筋の批評まで加えられる凝りよう。あるいは、相手の駒を食う局面では、ホントに口に含んで食べちゃったり。

近ごろはめっきり落ち着かれたタモリさんですが(辛うじて「タモリ倶楽部」にその残響が忍ばれますが)、ボクの幼い時分にはこんな即興パフォーマンスばかりなさっていました。四カ国語マージャン然り。ハナモゲラ語然り。。。
その往時の至芸を、自己解説も交えながら味わえる本に、こんなものがあります。松岡正剛との対談です。

『愛の傾向と対策』タモリ+松岡正剛、工作舎、1980、古書価¥3000

一つひとつの芸は云うに及ばず、その合間に洩らされる、彼の率直な思いがなかなかよいのです。ちょっと長くなるけど引用します。

「タモリーー純粋な意識というのあるかどうかは知らないけれど、まったく余計なものをはらって、じっと坐っているような状態があるとして、フッと窓の外を見ると木の葉が揺れる。風が吹くから揺れるんだけど、それがえらく不思議でもあり、こわくもあり、ありがたいってなことも言えるような瞬間がありますね。それを『不思議』と言ったときには、もう離れてしまっている感じがするんですよ。ほんとうは、まったく余計なもののない、コトバのない意識になりたいというのがボクにある。ところがどうしても意識のあるコトバがどんどん入ってきてしまう。それに腹が立った時期があるんスね。そのあと、コトバをどうするかというと崩すしかない。笑いものにして遊ぶということでこうなってきた」。

知覚したものをダイレクトに言い表そうとしても、「コトバ」は常に既に現実からは立ち遅れてしまう。
そこでタモリさんは、安易に沈黙してしまうのではなく、逆に「コトバ」から始めます。
「コトバ」を「崩す」ことで、そこに張り付いた「意識」を無意味化し、そしてダイレクトに笑いそのもの、つまり現実に転化してしまうというわけです。
現実を認識するために「コトバ」を利用するのではなく、「コトバ」自体を現実の笑いにひっくり返してしまうこと。

別にボクはお笑いに進む気は毛頭なかったけれど、タモリさんのこの言葉には何故か励まされたものでした(ヘンかしら?)。

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  • 2019.08.02 Friday
  • 00:03
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    コメント
    昨日は本を買い取ってくれて、ありがとう。キウイのチーズケーキもおいしかったです。またしばらくしたら、子供を連れて散歩がてら遊びに行きます。

    うーん、なるほど。タモリの笑いはポストモダンだったんだね。サブカル路線とも併せて、なんとなく納得。
    • リュウ
    • 2007/08/03 9:49 AM

    こちらこそ有難う!
    またお子さんの顔見れるの楽しみにしてますよ。
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