うっすら模様がえ

  • 2016.07.23 Saturday
  • 16:45

 この火曜は、素晴らしく夏めいてましたね。辛抱たまず散歩しまくり。汗ばむ陽気はもとより、光りの冴えのハンパなさったらもう!組まれた鉄骨や木立に夕陽が映えて、逆光に複雑な陰影が浮かびます。ともすると、反射光が不意をつく。つい見とれて、衝突しかかったり、後ろ向きのまま引き返したり。思い返せば、相当な不審者です。。でも、目を離せるわけがありません。影の延び方や、浮かぶ雲と空の抜け具合も、何もかもが完璧なコンディションだったのでした。

 例年食べそびれる氷菓も躊躇なく買い食いし、ほくほくの休日を過ごせました。

 あんな日がずっと続いてくれたらよいのになぁ。。(昨日きょうは海風のせいか肌寒い。。)

 

 閑話休題。

 

 本が床まで溢れ、とっ散らかり感が増してきたので、えいやっと模様がえも兼ねて片付けてみました。人さまからしたら代わり映えないかもしれませんが、ひとり気分一新、晴れ晴れした心地に浸っています。

 整理ついでに、価格も全体的に見直してみました。一度手にとられたことのある方も再チェックしてみて下さい!

 

 最近、平凡社のヴァールブルク学派コレクション(なつかしい)を入荷。ウィトカウアーやバクサンドールにうきうき。

 

 それから、、毎月第2・4土曜は、つばめどうさんの日。今朝もおかしを届けて頂きました。どうぞ、召し上がれ〜。

 

『マゼラン・マガジン』第4号出来!+2016.7.2 追記

  • 2016.06.26 Sunday
  • 19:58

 どうもー。ブログではお久しぶりです。お陰さまで実店舗はぼちぼち元気でやっております。

 本題前に、近況報告。この時期になると、草たちがめくるめく生い茂ったり、一変する風景に見とれてしまいます。そんな日常に、タイガーマスクが加わりました。

 連日ではないけれど、不定期にすれ違うたび、なんかほっとさせられます。たぶん、姿勢や仕種から察するにお若くはないはずです。にも拘らず、素顔を隠して闊歩なさるお姿はぞんがい粋な風情。当初は多少怯みはしたものの、最近は目にも馴染んで、見かけないと逆に探してる自分に気づいたり。

 それが、ある日お巡りさんに職務質問されてるのを見かけてしまいました。なかなか世知辛いものです。爾来ご縁なく、あれきりなのかしらと、寂しくもあるようなないような心地で過ごすこと1週間。つい先日再び見かけました。ブラックタイガーになってました!我にもなく、おぉっと呻いたのも無理ありません。いやぁ、したたかなものです。

 

 閑話休題

 

 フリーペーパー仕立てのチラシ、新調しましたー。例によって、A4四ツ折の手弁当、一葉ペラのまんがです。恒例行事化してはや4年。気づけばこの時期、おのずとあれこれ思案しています。割りあい、ちまちました作業が好きなのです。

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 おまけとして、カバー裏に書評5本も載せてます。といっても、昨年ミシマ社さんのWebマガジン『みんなのミシマガジン』で扱って頂いた記事の再録です。当ブログでも紹介したことがあります

 

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 今回の参照先は、ディドロの『ダランベールの夢』。例によって、内容はちっとも関連しませんが、どこかくすぐられつ妄想を遊ばせてみました。強いて共通点はとえいば、言動を転がすのに、夢の不確かさを頼っている点かしら。

 ダランベールがたじろぐように、夢って、必ずしも見た本人がすべてを請け合えるわけなく、およそ過剰な代物です。荒唐無稽さばかりか、どこから始まり、どこまでが夢と呼べるのか、厳密にはなかなか線引きすら難しい。

 小説では、夢にうなされ、洩らされる、ダランベールの寝言を発端に、その解釈を友人らがまくしたて、たくましく亢進させる姿が描かれます。そもそも、うなされる原因は、寝つく前に交わされたディドロとの議論です。彼の型破りな思想の衝撃が夢にまで及び、議論を再演していたのです。すると、それを肴に議論し、文字どおり「夢中」になる友人たちは、ディドロと議論するダランベールの夢の正確な反復であり、拡張です。つまり、ダランベールはもとより、友人たちさえもまた、常識から遠のき、夢を見ている当事者なのだと読みとれます。

 生理上の覚醒は、必ずしも夢と現を分かたない。少なくとも、分かつ数ある契機のひとつに過ぎません(逆に、夢の中の目覚めすら、夢から現を括りだします。もしそれを、まやかしの覚醒と看做せるとしたら、事後さらに目が覚め、遡及しえたからでしかない。論理上、底抜けに無限後退するほかないわけだ)。例えば、電話のベルが不意に鳴れば、白昼夢は否応なく打ち切られます。あるいは、絵画であればサイズや素材が、映画だと上映時間や予算も相当します。

 コマや絵、ことば、それに枚数など、さまざまな条件がまんがを縁どっています。それら拘束を一時解除し、あらたにレイアウトしなおすこと。その作業は夢を見るのとおなじ感触に溢れ、とても魅惑的です。

 

 

 ちなみに、、実際に進んだ順序からいうと、望遠で落下する身体を描きたいなぁ、といのが端緒でした(望遠ってだけで、ぼくには込み上げてくるものが。。もう涙目です)。結果5コマめに収まってます。中途、フレアを水彩ブラシで表せるのに気づいて、思わず勢いづいてしまった嫌いもあったり。

 

2016.7.2 追記

 野暮ですが、ちょっとだけ補足。

 まんがでは、失くしものをテーマに、いろんなタイプの紛失を描いています。それだけに、読解じたい失いかねない(消極的にも積極的にも「ミス」リーディングを誘う)描き方を、故意にしています。

 まず1コマめ。物思いにふけるモノローグとともに、うまく子育てできなかったんじゃないかという慚愧が、メンモチーフとして示されます。つまり、ありえた、そうありたかった関係性への未練です。後悔は、取り返しの利かない失くしものです。

 それが、次のコマで、成長した娘の現前により中断されます。この際、母娘の注意を逸れて、ハンカチがこぼれ落ちます(2コマめ中央やや右)。これは、へそを曲げる娘を慰め、母娘のすれ違う記憶を宿した象徴です。ゆえに、涙を拭ってやった過去のイメージを中継しつつ、いま目の前で、ポケットから滑り落ちる描写が重ね書きされます。なお、彼ら登場人物のみならず、読者にとっても認知すれすれの効果を狙いました。先に触れたとおり、読者の誤読なり見落としと、母娘のディスコミュニケーションを共鳴させたかったからです。

 で、後半は、ハンカチばかりか母じしんが、夢うつつのビジョンを通して、今あるここからこぼれ落ち(我を「失う」。ちなみにこれは、隣接する2コマめの、落下するハンカチと韻を踏み、共にはためくさまによって効果を増幅させています)、かつ着地「し損な」います。と同時に、ハンカチを拾い上げ、かりそめであれ、象徴的に失地回復をなしとげます。苦い思い出があるにも拘らず、捨てないで持っていてくれたのですから。1コマめの慚愧が杞憂だったのかもしれない、そんな余地を垣間見せて締め括られるわけです。もちろん、彼らにはその自覚が「欠け」たまま、大団円し「損ね」たかのように幕を閉じます。

 

 一方、県北は栗原にある風の沢ミュージアムで、いま岡崎乾二郎さんの個展が開かれていて、訪ねられそうなタイミングを伺っています。ぐぬぬっ。おいそれと足をのばせないものの、きっと!っていうか、見ていらした方がおいででしたおはなしをお聞かせ下さーい。

 

 

おかざき乾じろ「POST/UMUMU=OCT/OPUS」展

会期:2016.4.24 - 10.23

時間:11:00 - 17:00(10月のみ - 16:00)

休館:水木曜(祝日開館)

料金:一般¥700、未成年free、団体割引¥600(20名-)

駐車場:約20台

会場:風の沢ミュージアム(宮城県栗原市一迫片子沢外の沢11)

備考:全3回ワークショップあり(7.23.sat、24.sun、10.22.sat、全回14:00-)

おとなりさん

  • 2016.03.25 Friday
  • 22:39
 ずいぶん間が空いてしまいました、ブログを更新するの。まぁ、毎度のことですが、いざ筆をとるとなると、なんだかバツが悪くて、もじもじしてしまいます。。
 他方、リアル店舗の方は、お陰さまでいつもどおり、のんびり営業しております。近ごろ越していらしたという方が、散策がてらお立ち寄り下さったり、逆によく利用して下っていたお客さまが転勤なさると伺ったり。もう春なんだなぁなんて。

 ところで、ここ一年、空地のままだったお隣に、いよいよ何か建つようです。伺えば、木造2階建て。フロアごとに各1件ずつテナントを募られるとか。以前はモルタルの古いビルに、お弁当屋さんともなか屋さんでした。さて今度は?何屋さんが入居なさるのかしら。そわそわ。
 ちなみに、もなか屋さんはわりとお近くに移転されて、変わらず営業なさっています。時おり場所を訊かれるので、こちらでもお知らせしておきますね。
 くじらもなか本舗(仙台市青葉区木町通1-2-18、022-261-4490)

 というわけで(?)、当分、お隣の工事は続くようですが、弊店はもちろん連日開店しております(ただし火曜は定休日。ご注意を!)。ご来店お俟ちしてます〜。

 話は変わり、昨年来読み継いで参りました、くらもちふさこさんのまんが。それがようやく既刊分すべてを読み終えられました(とはいえ十数冊ほどですが)。残すところ目下連載中の『花に染む』のみ。

 『天然コケッコー』第7巻、くらもちふさこ、集英社文庫、2003、90頁。
  この話数では、28頁ほぼ全ての見開きが、右頁に対称するカップルのアップ、左に風景を擁する彼らのロングを配して、リズミカルにコマを進めます。イマジナリーラインの目紛しい変遷(ずっとすれ違いが重なっていた挙げ句、この直後に距離をおくことになる二人です。だから、当シーンでは、お互い以上に自分に対してすら探りを入れるような超絶微妙な目線の演技がくり広げられる)をフレームでコントロールしきる右頁の巧みさもさることながら、その二人だけの世界へ機械的に休符をさし挟む、左のショットの効果たるや。つくづく溜め息を洩らさずにはいられません。。


 それにつけても、構成の緻密さと密度がとにかく凄い。。80年代半ばから、とりわけ、90年代以降の作品は、読んでる間ずっとあっけにとられっぱなし。そして、現在進行形の『花に染む』とその序章たる『駅から5分』からなるシリーズは、その匠の技を発展的に集大成する趣を呈しつつあります。
 『駅から』は、ある街の住人たちが織りなすオムニバスです。互いに無自覚のまま、知らずしらず関係しては波紋を残しあう絶妙な間合いが描かれます。一方『花に』は、主人公ひとりの半生です。過去のしがらみを絶ち、一からやり直すべく当該の街へ越してくる前後が語られます。
 つまり、前者が街を精査して空間(他者との関わりからなるネットワーク)に厚みをもたらすとしたら、後者は人を掘り、時間の暗い深みに迫ります。そして、白眉は両者の絡み合い。読み進めるごと、以前のエピソードやシーンが逆照射され、意味が膨らんだり塗り替えられたり、あたかも切り子細工のようにきらきら様相を一変させます。街の広がり(他者とのかかわり)が内面をほぐして多孔化し、内面の数々が街の広がり(他者とのかかわり)を多彩にいろどります。例えば、少女が木の上に風船を引っ掛けて、それを行きずりの主人公が無造作にとってやるシーン。これが、視点やエピソードを代え、つど異なる価値を帯びて変奏される。
 これほど複雑に組み上げておきながら、一向に破綻がなく、しかも、にも拘らず予定調和へすら至りません。くらもちさんらしいといえばそのとおりなのだけれど(いや、そうでもないか。ややぎこちなさがあとを引くのもあります。『おばけたんご』とか『月のパルス』とか。それはそれで魅力なんだけど)、大伽藍の威容ばかりか、そこを吹き抜ける風通しのよさをも両立させる手腕。これはちょっとした事件だと思います。

 『同上』第9巻、236頁。
  最終回直前であるこの話数は、人間関係からいったん身を剥がし、村を巡回するねこの一日を追って終始します。その道ゆく先々には、これまでのエピソードの顛末や気配が濃厚に立ちこめています。だけど、ねこ目線ゆえどこか他人事、いいヌケ具合です。しかも彼があちこちでごろごろ油を売るたび、村の穏やかな自然とゆっくりした時間がじわりじわり露呈します。個性豊かな人間模様の数々は、村というおおきな叙事詩の一篇として再編され、村そのものの奥深い滋味となり、全篇へ向けて染み広がるまでに及びます。


 じつは、本日3/25(金)は『花に染む』最新刊の発売日なのでした。第7巻です。

あけました、2016年。

  • 2016.01.01 Friday
  • 11:23
 あけまして、おめでとうございます。
 例年どおり、今年も元日から営業です。

 ふだんの休日にもましてひっそり落ちつく道なり。わりあい好きなので、しっかり噛みしめて自転車を走らせてきました。ときおりよぎる人かげもどこか無防備で、ああ三箇日だななんてしみじみ。

 どうぞ、本年も宜しくお願い申し上げます〜。
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年末年始の営業につきまして

  • 2015.12.23 Wednesday
  • 15:19
 いわれてみれば、比較的寒くないような気もするけれど、やっぱり寒い!もう年の瀬です。夏が恋しいな。。
 「かしわ湯」さんが先般休業なさってしまったので、一入そう感じてしまいます。余所より無闇に熱いお湯が、もう底冷えした体にはたまらなかったのです。チクチク肌さす湯が次第に馴染んで、筋肉がほぐされてゆくあの脱力感!くぅ〜。そういえば、いつも湯に投入されていたブラックシリカ、あれの効用もあったのかしら。(ちなみに、数年前、河北新報に載せて頂いたエッセイは「かしわ湯」さんを舞台にしていたのでした。文中のTSUTAYAは広瀬通り店)
 街中に残る銭湯は「駒の湯」さん一件になってしまいました。淋しいな。

 さて本題。年末年始は、例年どおり通常営業。大晦日も元日も10:00〜20:00の予定です。なお、火曜日にあたる12/29と1/5は定休を頂きます。のんびりやっているので、よかったらどうぞ遊びにいらして下さいませ〜。
 ひとまず、、よいお年を!

 ところで、きのうは定休日だったので、ぐるっと展覧会めぐりをしてきました。
 県美ピカソ展。愉しく通覧できたものの、欲をいえばもうちょっと冴えた作品が見たかったかな。。
 タナラン大槻英世さんの個展。例によってマスキングテープを模すミニマルな絵画です。ただ一点だけ、わずかに趣の異なる作品がありました。テープ的な線状の構成をとらず、千切った紙を模して、散るように画面を覆うものです。筆触(のオールオーヴァー)と紙(吹雪)のダブルイメージも面白いのですが、それだけに留まらず、本来一回的であるはずの筆触を反復し、ひいては筆触のキャラ立ちにまで立ち入りそうな気配がありました。要は、アクションペインティングの筆触をポップアートに仕立てたリキテンシュタインや、岡崎乾二郎さんのタブローにも連なる問いです。この先がちょっと気になります。(会期 2015.12.22 - 12.27)
 SARP福島隆嗣さんの個展。皇居前広場、新宿御苑、明治神宮、王城寺原。各地で、不在の中心をめぐり撮り溜められた写真です。かといって、決定的な被写体を避けて、逆説的にそれを特権化するわけでもありません。むしろ、写っている形式そのものに面白みが見出だせます。撮影地ごとにスタイルがおのずと分別されてゆくのです。
 園路が暗黙に了解されている皇居前広場では、来訪者は意識するともなく列をなして歩を進めます。すると、カメラもそれに従い、行儀正しくアイレベルを中央に据え、大地と平行に景色を切り取ります。それが新宿御苑では、来訪者が思いおもいに広場で寛ぐためか、カメラの角度が若干下がり(同時に大地も奥へ競り上がっている)、画面下方2/3を大地が占めるようになります。明治神宮に及ぶや、樹木の存在感に圧倒されたのでしょうか、仰角とトリミングによって、生い茂る木々が画面を覆います。そして、王城寺原にいたると、荒地ゆえか角度も距離も様々にまなざしが散らされます。
 場所とカメラが互いに触発してスタイルを織り上げるさまは、とてもドラマチックだったのでした。(会期 2015.12.22 - 12.27)

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多夢多夢茶会 秋篇!

  • 2015.11.08 Sunday
  • 13:04
 チラシと半券づくりに協力させて頂きましたー。初回からこれで通算3回め。まいど、あれこれアイデア練るの楽しませてもらっています。

 B5コピー用紙を二ツ折。バビューンとブランコが振り抜けてゆきます。

 今回は、アニメ「アルプスの少女ハイジ」(高畑勲演出)のオープニングから超ド級ブランコを拝借しました。当作では地平線を上下させて、縦にパンしていたのを、右めくりのチラシにあわせて横へパン。さしずめキーフレームを4つ並べてアニメーションもどきができればな、と。チラシなので情報提供すべく、ちゃっかり動線に視線誘導も託してます。あと、アニメでは小鳥(種類が不明)がハイジに併走してましたが、ハトに代えました。宮崎夏次系さんのまんが「線路と家」に触発されまして(ちなみに彼女は小牛田出身で仙台の宮城野高校卒)。

 表紙。


 中味。でこれを捲ると、、

 裏表紙では、手が滑って落下しちゃいます。。
 、、じつは半券へ続きます。



 アニメ同様、雲に着地!(表)
 でもやっぱり落ちます!!(裏)



 イベント当日まであと2週間あまり。予約・お問い合わせは、こちらまで。
 e-mail : tamtamchakai@gmail.com 
 携帯電話 : 09095373142(結城)

 ところで先般、『この世界の片隅に』(
こうの史代)のアニメ映画化を話題にした矢先、こんどは『聲の形』(大今良時)のアニメ映画化というニュースが!しかも、監督が京アニの山田尚子さんだとか。いやはや、来年はえらい年になりそうです。最近、京アニの『CLANNAD(クラナド)第1期 第2期』をがんばって完走したのですが((全49話もある。。第1期は忍耐のひと言)、山田さんと高雄統子さんの演出回はやはり別格だったのでした。第2期16話の渚とそれ以降の汐の作画がとにかくすごい。原画と中割を誰が担当したのか知りたい。。
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大嶋貴明個展 絵画の身体へ

  • 2015.10.29 Thursday
  • 22:00

 先日拝見してきたところ、とてもおもしろい展開になっていました。忘れないうちに、印象を書きとめておきます。
 会期は今週いっぱい日曜(11月1日)まで。
 なお、土曜日10月31日には、制作しながらお話もするという、なんだか大変そうだけど興味津々なイベントが予定されています。

 画像はすべてTURNAROUNDさんのホームページから転載

 作品はどれも、画面の大半をバイオレットが占め、そこへシルバーが割って入ります。かたや補色に近いグリーンも忍び込んだり。互いに相反する色相は、溶けこむことなく引き立て合い、地のホワイトともども色面を輝かせます。
 そして、その広がりは、たとえ単色であろうと複雑です。にじむ階調や筆触の勢いに一様ならざる時間が込められているのです。筆を足すにも、乾き具合が慎重に測られています。しかもそれが、切り取られては余所へ貼り込まれ、時間の断層を増幅します。
 まなざしは、断層に臨むやあえなく滑走を阻まれて、つどに応じてギアチェンジを余儀なくされます。タイムラグを踏み越えるに相応しい速度が要請されるのです。たとえば、シルバーは、グレーの色面にさしかかるや明度差へギアが強いられ、妙なる階調を発揮します。ところが他方で、バイオレットの染みを覆うに及び、色相にギアが入り、そこには属さない何ものか、さしずめ黒衣として身を引いてしまいます。修正液のように、あたかもないものとして振る舞うのです。

 断層を跨ぐたび、まなざしは、的確に速度を編み出し新たな質を経験します。この経巡りが絵画の味わいを織りなすわけです。しかし、サーキットには原理上終わりがありません。継起する質を闇雲に消費したところで、ちぐはぐな印象を積み上げるばかりです。
 そこで、経験を取りまとめる屋台骨が導入されます。フレームです。貼り込まれた紙や筆触の縁など、じつは画中にはフレームがひしめき合っています。画面を分かつ断層じたいが、フレームとして、自ら生みだす数多の質を取りまとめもするのです。貼り込まれたあらゆるものが、この両義性を担います。トレーシングペーパーやクリアファイル(明度や彩度の操作、たわみによるレリーフ状の位相差を招く)、それから布地やリボン(肌理や浸透の度合い、象徴上の対比を誘う)。


 いうまでもなく、作品の縁も例外ではありません。画中を取りまとめるのみならず、展示空間に断層をさしはさみます。縁がほつれていたり、複数作がずらされつつ重ねられたり(下層の絵はまず見えない。ただ、僅かに縁が覗きみえるよう配慮されている)。あるいは、小さな合板が、パネルの縁に沿って外へ接ぎ木されたり。フレームの完結を避け、内外の区分けを揺るがすのです。さらにそれが、画中の色面よろしく、会場のあちこちへ割り振られます。排列がアイレベルへ収斂することはありません。
 また、壁面には、あたかも画中の破れ目を踏襲するかのようにスリットまで設けられ、コーナーにはシルバーの帯があしらわれます。帯の照り返しは、外光のさすスリットを反復すると同時に、壁面の縁を曖昧に暈します。会場の構造さえも駆り立てて、幾重にもフレームが励起されているのです。その上で、シルバーの帯は、形状や効果を通して画中のリボンや筆触へ折り返されます。
 歩を進めるに従い、会場と作品はともに刻々と仕切りなおされ、そのつど何らか質の偏りをフレームアップします。ただしそれは、必ずしも物理的な縁に一致するとは限りません。フレームとは、あくまで質(内包)を仮留めする働きであって、外延を確定する形式ではないのです。

 勢いで書き連ねているので、読みにくいことこのうえないかと思われます。いつにもまして面目ないったら。。
 でも、最後にもう一点。基調色にバイオレットが選ばれているのは何故か?これだけ触れて締めたいと思います。

 消去法なのは間違いないのだけれど(ご本人にも確認済み)、だからこそその経緯を裏打ちする理路に興味が湧きます。
 まず、どの作品も、求心力を削ぎフレームが弱められているため、インスタレーションに仕立てた場合、互いに融和して空間が閉じてしまう恐れがあります。まして膨張色だったならなおさらです。だから、寒色系によって拡張性を事前に回避しておかねばならない。
 と同時に、色彩の冴えも確保する必要がある。つまり互いに引き立て合う補色にも寒色系をあてられるバイオレットが相応しいわけです(厳密にはバイオレットの補色はイエローだが、レッドバイオレットのそれがイエローグリーン。きわきわの戦略だ)。
 しかも、バイオレットにはレッドとブルーが潜んでおり、要所で多彩な工夫が見込めます。実際、リボンには、シルバー、グリーンとともにレッドが採用されていました。

大嶋貴明個展 絵画の身体へ

会期:2015.10.20-11.1
時間:11:00-20:00(日曜のみ-18:00)、月曜休廊
会場:TURNAROUND(ギャラリー ターンアラウンド)
   仙台市青葉区大手町6-22 久光ビル1F

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『本屋へ行こう !!』『ぱど』! ! !

  • 2015.10.14 Wednesday
  • 14:36
 うっかりしてる間に秋になってしまいました。空気がひゃっこいこと。これからまた冬なんですね。。うだるような暑さが恋しいなぁ。
 さて、ご報告をいくつか。。

 全国の本屋さんを取材したムック本が、洋泉社さんから出版されました。『本屋へ行こう !!』です。
 なかには「書店員がつくるフリーペーパー」を紹介する項目もあって、『マゼラン・マガジン』も取り上げて頂いています。弊店のはさておき、どれもおもしろそうなものばかり。みな好き勝手に作ってるのがとても感じよいです。いつか全部集めてみたいな。

 記事を書いて下さった南蛇楼さん、ありがとうございましたー。ちなみに、南蛇楼さんは他にも「古書店放浪記(西日本編)」や「北陸の古書店がいまアツい !?」など多数寄稿なさっています。東北に住んでいると、なかなか足を運べない地域なので、ぼくもわくわくしながら読ませて頂きました。
 とまれ、本書は、単なる本屋の羅列とは異なり、類書ではあまりスポットを当てられないようなお店も見受けられたり、踏み込んだ書店の楽しみ方に触れていたり、なかなか読み甲斐があります。新刊書店でぜひお買い求め下さーい!

 かたや、かなりローカルになってしまいますが、フリーペーパー『ぱど』の「北仙台・旭ヶ丘エリア」版(第612号 2015.10.9)に「秋時間を彩る Book Cafe」という特集記事が組まれています。市内のブックカフェが4つ紹介され、弊店もその末席を汚しております。火星の庭さん、stockさん、cafe haven't we metさん。各店舗の雰囲気をコンパクトかつ丁寧に案内して下さっています。記者さんに深謝。

 ちなみに、お店ごとの「おすすめ本」に、弊店からは『クマにあったらどうするか アイヌ民族最後の狩人』(姉崎等 木楽舎 2002)をあげました。タイトルから察するになんだかハウツー本みたいで、ついスルーしちゃいそうですが、さにあらず、徹頭徹尾アイヌ文化の貴重な証言、かつ実地から得られるクマの生態の豊富な描写です。
 わけても、著者の姉崎さんは、アイヌとシャモ(和人)のハーフゆえ、伝統を相対化するまなざしをも兼ね備えていて、その一言ひとことが味わい深い。例えば、一般的にはクマを捕ったら、アイヌの儀式に則り祭って解体するわけですが、彼はつい興味津々にクマを細かく解剖しては観察してしまいます。そこから、冬眠期に形成される肛門の栓について新たな知見を引き出してみせたりするのです。
 なお、『ぱど』の記者さんが付言して下さっているように、本書じたいはもう絶版ですが、筑摩書房から同タイトルで文庫が出ています。

 最後に個展をふたつご案内。



 お二方ともかつて弊店でも展示して頂いたことがあります。よかったら、当時の記事をご覧下さい。
 →大嶋貴明さん。
 →高橋健太郎さん。

「大嶋貴明個 展 絵画の身体へ」
会期:2015.10.20-11.1
会場:TURNAROUND(仙台市青葉区大手6-22 久光ビル1F)

「高橋健太郎 展」
会期:2015.10.20-10.25
会場:SARP(仙台市青葉区錦町1-12-7)
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連休期間も通常営業。

  • 2015.09.18 Friday
  • 20:56
 明日9/19(土)から5連休が始まりますが、弊店はいつもどおり。火曜日のみ定休を頂き、他日は営業いたします。

 ご近所ではあれこれイベントが組まれているようです。せんだいメディアテーク仙台短篇映画祭SARP仙台写真月間。。などなど。ついでにふらり古本も渉猟して頂けたら、、なんて。。お待ちしておりまーす。
 それにつけても、ホン・サンスと山戸結希の作品はスクリーンで見たかったなぁ。。まいどながら仕事があるためぼくは断念。見られる方はぜひ。
 あと、いま展示中の小岩勉さんの写真、おもしろいです。先日拝見してきました。例によって階調優先のグレー(植物の葉っぱたち!)を基調としながら、今回はいつにもまして影のさす構図がコントラストを強調、画面をより複雑にしていました。
 わけても、梅田川の一枚が超絶格好いい。カリカリに焼かれたシャープな草葉と、空を反射し流動する水面のぬめり。まず、この対比じたいが官能的。それが肌理どうし連合して、平面のレイヤーを構成します。かたや奥には鯉がたゆたい、今しも手づかみできそう。つい水面のぬめりにまなざしを潜らせ、鱗に触れてしまいます。半ば押し返されつつ、水面に分け入るまなざし。これは、鯉のあり方そのものへ折り重なり、水流を押しのける反作用、ソリッドなマッスとして平面から区別されるレイヤーを新たに切り出します。(鯉の実在感は、その描写にではなく、草や水のあり方との対比に拠る。興味深いのはそれが、肌理のぬめりからかき分ける抵抗感へと、触覚の差異化として発生する点だ)。そしてさらに、画面上方に落ちる屋根らしき影、これが投影元の存在を仄めかし、画面外の広がり、媒質の存在に気づかせてくれます。鯉が水流をかき分けねばならないように、撮影者/観者もまた大気(あるいは屋根とその影)に挟まれている、と。
 草と水と魚、そして大気。互いが互いを触発し、次々とレイヤーを分岐させてゆく。平面と個体、媒質と個体等々。いずれにしろ、前・中・後景など、出来合いの形式はこの際無用というほかありません。レイヤーは画面をまさぐり味わう過程において初めて生成されうる。つくづく魅入ってしまいました。。
 なお、小岩さんのとなりのスペースでは佐々木薫さんの個展も開かれています。両者とも会期は9/20(日)まで。仙台写真月間では、ひと月のあいだリレー形式で個展が一週間ずつ開かれます。彼らの次は、今泉勤さん野寺亜季子さん。

 ★ 仙台短篇映画祭 2015
   会期:2015.9.20-22
   会場:せんだいメディアテーク

 ★ 仙台写真月間 2015
   会期:2015.9.1-10.4
   会場:SARP
birdo spaceCaco

 それから、ちょっと遠方にはなりますが、樋口佳絵さんが軽井沢で個展を開かれています。会期も長いですし、都合がおつきになりそうな方がいらしたら、ぜひどうぞー。

 ★ ものがたりの日々 樋口佳絵展
   会期:2015.9.1-11.23
   会場:軽井沢現代美術館


 今日の一冊とひと言。


 " EADWEARD MUYBRIDGE "TASCHEN,2010
 お世話になっています。

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『みんなのミシマガジン』の「今日の一冊」で選書しますー。

  • 2015.08.02 Sunday
  • 14:24
 本題前に、、お盆期間中の営業につき、お知らせです。
 例によって、とくに店を休む予定はありません。時間も平常どおりです。
 ので、どうぞお越し下さいませ〜。

 閑話休題。

 『みんなのミシマガジン』は、東京の出版社であるミシマ社さんが営むWebマガジン。その一角に、選者が連日入れ替わり立ち替わり、本を紹介するコーナー(HPの中央左)があります。それが「今日の一冊」です。ご縁があって、ぼくも不肖ながら担当させて頂くことになりました。あす8月3日(月)〜7日(金)。ほんの5日間ばかりですが、ご一読頂けたら幸いです。。
 誌面じたい、毎日更新されて多彩な記事が楽しめます。拙文はさしおいても、まずはWebマガジンを覗いてみて下さい。フリーですよ。ぜひ!


 200字という以外とくにお題など制限もなく、現在流通しているものであれば何でもというお言葉に甘えて、自由に書かせて頂きました。さりとて、絶版やら品切れのものが存外多く、当初は焦りましたが。。
 一応、紹介する本を予告しておきまーす。

※ 時間が経ったので、本文をこちらにも転載しました。

8/3(月)
 『狼の群れと暮らした男』ショーン・エリス、築地書館、2012、¥2400+税
   

 狼の家族になりたい。その一心から、著者は単身ロッキーの原野へ潜り、あげく2年間も野性の狼と暮らした。本書はその記録を含む彼の半生だ。想像以上に知的な狼の生態も興味深いが、それ以上に著者の並外れた情熱には崇高さすら覚える。彼は何度も殺されかけてなお、一線を越えない狼に感銘を受け、繰り返し承認される喜びにうち震えるのだ。狼の掟に進んで身を捧げる姿はどこかユーモラスでもあり、マゾッホの小説を思わせる。


4(火)
 『動いている庭』ジル・クレマン、みすず書房、2015、¥4800+税
   

 著者の手がけた庭はよく動く。生長するばかりか字義通り、草花自ら移ろって園路の再考を迫るまでに及ぶ。殊に周期の短い草本種など種子を撒きつつ転々と、群落を結びつ解きつ有利な環境へ拡散してゆく。植物もまた人と同様、庭に作用するアクターなのだ。庭師の務めは、変化の兆しを解釈し応答を試すこと。著者によれば、人為と自然の別なく両者が織りなす遊戯空間こそ庭と呼びうる。その実践が、美しい図版を付して紹介される。


5(水)
 『アゲインスト・リテラシー グラフィティ文化論』大山エンリコイサム、LIXIL出版、2015、¥2700+税
   

 公共の至る所に名前を書き記すグラフィティ。60年代末ニューヨークに発し、90年代からはより広い実践であるストリート・アートを分岐させつつ今も進行中だ。本書はその変遷の機序を明快に案内する。例えば、当初は地元に根ざす通り名だったのが、活動が広がるにつれ、出自に関わる要素を削ぎ落し、判読不能な造形にまで暴走してしまう。キャラとして自立するのだ。それが、オタク文化と照らされもして特性が浮き彫りになる。


6(木)
 『この世界の片隅に』前・後編 こうの史代、双葉社、2011、各¥590+税
   

 佳境、焼夷弾が、絵を嗜む主人公から利き手を奪うや、作者自らペンを左に持ち替え背景が歪みだす。それは心象描写を越えて両手の非対称を印象づける。物語を紡ぐ右と抵抗する左。これは日常と戦争、呉と広島、作中の月日と実際に掲載された月等様々に変奏されてつど一方への偏向が執拗に慎まれる。虚構と現実は排斥し合うのでなく、むしろ両者の交通をこそ作品は促す。無い右手の綴る逸話が現実の浮浪児へ短絡する結末は圧巻だ。


7(金)
 『星座から見た地球』福永信、新潮社、2010、¥1500+税
   

 作中交わることのない年少の4名、各自の挿話が小分けに順繰り語られる。だが、読み進めるうち時系列はおろか彼らの同一性すら怪しくなる。他方で、細部や状況が共鳴しては目配せし、各話の記憶がショートする。描写にリアリズムを託すのではなく、むしろ記憶が象る星座にこそリアリティが宿りうる。だから本作は、読む過程にのみ、仮の定点たる地球としてしか存在しえない。読者とは星座の謂であり、読むたびに結い直されうる。



 ちなみに『この世界の片隅に』は来年、アニメとして映画公開されます(公式HP)。
 原作がまんがというメディウムに目を見開かせてくれる傑作なだけに、多少の不安は拭いきれないものの、、でもでもとっても楽しみなのです。

 映画「この世界の片隅に」特報1

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